2020 Fiscal Year Research-status Report
Public decision-making process using the veil of ignorance: Beyond utilitarianism vs justice
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19K03204
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
大沼 進 北海道大学, 文学研究院, 教授 (80301860)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 無知のヴェール / 公正 / 社会的決定過程 / 手続き的公正 / NIMBY / 不衡平 / ゲーミング |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の大きな学術的問いは、功利主義vs正義・公正という二項対立図式を乗り越えた解決の道筋を探求することにある。功利主義とは最大多数の最大幸福を目指すもので、社会全体での協力を考える上で重要な理念的支柱である。しかし、功利主義だけでは、少数の受苦者を切り捨てかねないという別の問題を孕む。そこで登場するのが正義・公正という概念である。ただし、これらは両立不可能ではなく、両者を取り入れた解決が模索されるべきである。 本研究期間には、功利主義と公正が対立する構図となるNIMBY問題を取り上げ、社会的受容に繋がる/繋がらない状況や議論の枠組みを検討する。NIMBYとは、社会全体としての必要性が理解できたとしても、自分の近くには来てほしくないという忌避施設立地問題である。NIMBY問題は受益-受苦関係の対立を所与として議論が出発する。しかし、その所与の前提を崩し、誰(どこ)が受苦者になるか不明で、誰もが当事者になり得る状況(無知のヴェール下)で決め方を議論すれば合意に繋がりやすくなると考えた。ただし、それは無条件ではなく、無知のヴェールによる議論の意義と必要性を参加者が理解できる必要がある。 本年度は、高レベル放射性廃棄物処分地選定問題などを題材に検討した。ゲーミングを用いた研究では、経済合理性や平等原理、地域間不衡平などの複数の価値について議論する場合にも、利害当事者性が明らかなときにはそこに拘泥され価値基準に関する主張が歪むが、利害当事者性が不明な状態では満遍なく価値基準を議論し、その議論に参加しなかった当事者も公正な決め方だと評価した。仮想シナリオ実験では、無知のヴェールの適用に加え、その後の多主体関与の有無を操作したところ、多主体関与がなければ無知のヴェールを適用しても最終的な立地地域となったときの受容にはつながらないことが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
固定化された受益-受苦関係を崩し、誰もが当事者(不利な立場)となり得るという無知のヴェール状態を出発点とすることで、合意形成を進展させられるが、一方で、後に自分が当事者となったときにその決定が覆されるという問題が未解決であった。これに対し本研究は、2つの道筋を示した。第一に、忌避施設立地を巡り、当事者間だけの議論では合意に失敗するという経験を経ることで、無知のヴェール下で議論することの必要性を理解し、建設的な議論をもたらすことを示した。第二に、無知のヴェールによる議論の意義の理解の深まりと共に、多様なステークホルダーによる多様な価値に基づく議論の必要性の理解を助ける可能性を示唆した。これらの組み合わせにより、NIMBYの合意形成の障壁を克服できる可能性を示唆した。 計画していたゲーミングと仮想シナリオ実験の2つの研究をいずれも遂行完了し、査読付論文が1編、英語の図書分担執筆2編が刊行された。さらにゲーミングを用いた研究についてはもう一編を投稿し審査中である。 対立する価値が明らかな場面における合意形成において、対話の中から共通する上位目標を紡ぎ出していくプロセスの重要性とそのプロセスデザインの知見を整理し体系的に取りまとめた著書が、Springer社Handbook of Systems Sciencesの章に掲載された。技術系や情報系などの学問が中心となるシステム科学において、社会心理学を核とした社会科学の研究が取り上げられたことは、学際研究上大きな意義がある。 さらに、前年度のゲーミングを用いた国際学会発表が、38件を選りすぐったLecture Notes in Computer Scienceに掲載された。以上の成果は、申請者の研究が学際的・国際的に評価されていることの一端を示している。
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Strategy for Future Research Activity |
NIMBY問題に無知のヴェールを適用し、受益-受苦関係を不明にすることの意義を示してきた。このとき、だれもが当事者となり得るという無知のヴェールには、決定段階において2つの機能がある。1つは決め方に関する合意形成機能、言い換えると、話し合いのテーブルにつくための機能ともいえる。2つめは決定された結果の受容につながる機能である。いずれの場合にも、自己利益に拘泥されず、公益的な観点から幅広く価値を吟味する、すなわち功利主義的価値や不衡平改善など公正側面にまつわる価値も複合的に勘案し結論を導けることを、本研究は示してきた。ただし、後者の決定受容については必ずしも十分ではないことも本研究の結果は示している。すなわち、公正な決め方であると評価されても、自分が当事者となることがわかった途端に自己利害への拘泥に再帰する場合も少なからずある。これを補うのが多段階多主体関与のプロセスであり、このようなプロセスがあれば確かに決定受容に繋がることも明らかにした。しかし、現実には、多段階多主体関与が増えるほど無知のヴェールを放棄するもしくは弱める必要性が高まるというトレードオフが生じる。実際の合意形成場面ではある時間軸の中でバランスをとっていくしかないが、この問題にいかなる知見を提出するかが今後の課題である。しかしこの課題は、当初の目的を遂行した結果として生じた次なる検討課題であり、本申請研究期間内に行うべきミッションとしては、これまで得られた知見を整理することである。 以上をふまえながら、功利主義vs正義・公正という二項対立図式を乗り越えた解決が創発する集団意思決定のあり方についてさらなる検討を進める。
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Research Products
(10 results)