2020 Fiscal Year Research-status Report
高齢期における回想の社会的共有過程のナラティヴ・アプローチによる探索
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19K03257
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
野村 晴夫 大阪大学, 人間科学研究科, 教授 (20361595)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ナラティヴ / 回想 / 高齢期 / 歴史 |
Outline of Annual Research Achievements |
高齢期にある個人の回想が家族を含む重要な他者との間でいかに構成・再構成され,さらには家族の歴史として構成されるかをナラティヴ・アプローチに依拠して問う本研究では,本年度,高齢者の個別面接と家族面接の予備的な調査結果を分析し,その結果を踏まえ,臨床的観点から理論と方法に関する学際的研究を行った。 その成果の第一は,回想の語りにおける聴き手の寄与への着目である。精神医学や臨床哲学にも通底するナラティヴ・アプローチを援用し,聴き手である調査者が対等性を重視して応答することによって,語り手のエイジェンシーが賦活され,新たな語りが生成される可能性が示された。こうした可能性からは,調査者のみならず,高齢者が周囲にどのような聴き手を有するかが,回想の語りの構成・再構成に影響することが示唆された。 成果の第二は,収集された回想の語りの分析方法の着想である。心理学や看護学における質的研究法の中でも,事例研究法やグラウンデッド・セオリー・アプローチを用いる研究者との議論を重ね,特に研究代表者が専門としてきたライフヒストリーの構造的分析法との対比を行った。その結果,語りの構造と内容を統合的に分析する方法論についての議論を学際的に深めることができた。 以上の二点に集約された成果は,従来,別個に扱われることが通例であった,個人の回想,家族間の回想,社会の歴史を,有機的に結びつけて議論するための共通の基盤を提供したといえよう。聴き手の影響を受け得るという回想の性質は,静的ではなく動的な過去の側面を具現している。こうした個人内および個人間における動的な過去の在りようは,歴史認識の動的な側面にも通じるだろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新型コロナウイルス感染症状況下に,重症化リスクのある高齢者との対面による面接は,控えざるを得なかった。そこで,過去の予備的な調査結果を精査し,次年度以降の面接法やデータ分析法の改善を企図した。その結果を複数の学会シンポジウムで話題提供し,学際的に議論を重ねることによって,面接法やデータ分析法の方法論的検討が深まった。したがって,データ収集は遅れた反面,研究の方法論を含むナラティヴ・アプローチやライフヒストリー研究の理論的検討が当初予定以上に進んだことから,全体としてはおおむね順調に進展したと判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウイルス感染症の状況を見据えながら,必要に応じて,非対面によるデータ収集も考慮する。すなわち,オンラインインタビューや,筆記による回想記録の収集である。応募者は,従来,高齢者を含む多様な年齢層を対象とした,電話やメールによる心理支援に関する実践・研究の実績をもつ。この実績を非対面によるデータ収集に活用する予定である。 また,一般に「思い出」と称される回想には,学界に限らず,一般社会からの関心も寄せられると予想する。そのため,一般市民向けの書籍等,幅広い社会的な発信も構想中である。
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Causes of Carryover |
予定されていた海外渡航による研究動向調査や,高齢者やその家族に対する訪問面接調査が,新型コロナウイルス感染症状況によって,実施できなかった。次年度には,感染症状況を見据えて,訪問面接調査の実施を計画するが,それが叶わない場合には,非対面による調査のための通信・録画機材を中心に,新たな支出を見込んでいる。
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