2021 Fiscal Year Research-status Report
心理学研究における中級程度のベイズ統計学の教授法に関する研究
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19K03269
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
豊田 秀樹 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (60217578)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ベイズ的アプローチ / 教授学習系列 / 尤度 / 授業評価 / 自由記述データ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、ベイズ的アプローチによる心理学に特化した教授学習系列を作成する。ベイズ的アプローチが心理学研究の一翼を担うためには、入門的教材と研究実践例をつなぐ教材が是非とも必要である。本研究では、それに相当する最初の2単位を終えた直後の2単位に相当する教授学習系列を作成する。尤度を使って現象を考えるという心理学研究のパラダイムを展開する。これは有意性検定の手続きを暗記し、当てはめ、有意水準を超えたか否かを判定するという、現在主流の心理学研究のパラダイムを180度転換する思考法である。今年度は教授学習系列の前半を公刊した。このことは研究の半分が成功裏に完遂さえたことを意味する。 その学習系列は文科系の大学生が読むことのできる内容である。微分と積分を使っていない。必要とする数学的予備知識は高校数学Iである。扱うテーマは、1変数/2群の差/1要因/2要因/比率/分割表の分析。統計学の入門教程の内容としては、極めてオーソドックスで、何の変哲もない。しかし、本学習系列は極めて独自である。国内外を見渡しても、2022年現在、類似した学習系列は1つもないと言って過言でない。 また教育心理学研究誌に、ベイズ的に授業評価の自由記述データを分析するための「非復元抽出形式 での授業評価における学生が重要視する知見の寡占 度・飽和度の計算 ――ジップ分布を用いた分析――」を採択していただいた。同様の手法を用いた研究を、米国サイコメトリックソサエティで、「Proposal for calculating encounter rate in qualitative research」というタイトルで口頭発表した。 日本心理学会では「Shiny 入門心理統計の授業中にGUIのwebアプリを作って遊ぼう」 というチュートリアル・ワークショップを行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
おおむね順調に進展している理由は、教授学習系列の前半を完成させたからである。これでは2つの独自な視点を具現化することに成功した。 1. 統計データ分析は、学問発展の十分条件を最初から目指す 有意性検定における帰無仮説は学問発展のための必要条件を確認するために使用されてきた。有意性検定の大きな罪は「学問発展のための必要条件を確認すれば論文は査読を通る」という誤った文化を定着させたことである。学問を発展させることは、言うまでもなく、とても大変である。このため、必要条件をクリアしているけれど、学問発展に寄与しない論文をあの手この手で学術誌に掲載してしまった。これが再現性問題の本質である。たとえば「新薬を服用した患者が回復するまでの平均日数は対照群と同じ」という帰無仮説を棄却できたとしても、それは新薬に有効性があるための必要条件を確認しただけに過ぎない。必要条件などには目もくれず、「新薬を服用した患者が回復するまでの平均日数は、対照群と比較して、医学的観点から評価して十分に短い」等の学問発展に対する十分条件への確信を示す分析を、最初からすべきである。 2. 研究の価値判断には、ドメイン知識で実感できる指標を用いる 統計学の役割は「『1.5日間以上短くなる』という言明には88%の確信をもてる」に類する合理的な推測の結果を示すことである。そこには研究に対する価値判断がまったくない。これこそが統計学側の本来の役割である。研究分野/文脈によらずに研究の価値を自動的に判定できる統計指標など存在しない。学問発展に寄与する状態を特定できるとしたら、たとえそれがどんなに難しくとも、当該分野の専門知識によってのみである。そのためには研究の価値判断には、ドメイン知識で実感できる指標を用いることが大切である。
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Strategy for Future Research Activity |
教授学習系列の後半部分を完成させる。後半では有意性検定を割愛した代わりに、「尤度によるデータ生成過程の表現」という教授学習パラダイムを主とする。「尤度によるデータ生成過程の表現」という教授学習パラダイムには、有意性検定を扱った従来の初等・中等教程と比較して、以下のような3つの長所が生じる。 1.統計学の初等・中等教育がシームレスにつながる。有意性検定の考え方を身に着けることは、学生にとっては容易なことではない。ところが、必死に身に着けた有意性検定の役割が、続く中級の4単位の単元では極めて軽くなる。逆に「データの生成過程を尤度で表現する」重要度が高くなる。このため中級の内容の講義を始めるにあたって、尤度によるモデル構成を一から教え直す必要があった。入門から中級にかけての方針を「データの生成過程を尤度で表現する」に統一すれば、シームレスな授業展開が可能になる。 2.ビッグデータの時代に即応する。が有意性検定が作られた時代は、データの収集コストが高い時代だった。当時、データが数十のオーダーで機能した。しかし万を超えるビッグデータを扱う際には、有意性検定はまったく役に立たない。「データの生成過程を尤度で表現する」という教授学習パラダイムは、卒業後の広範な進路に即応するポータブルスキルを獲得するために極めて重要となる。 3.自分自身で分析方法を工夫することが可能になる。有意性検定の教育には検定統計量が登場する。文科系の学生には、検定統計量の使用場面を暗記させる必要が生じる。暗記につぐ暗記は、結果として自律的な思考を妨げ、学習者の有能感を減じてしまう。平均値の差の生成量を理解した学生は、習わなくても、必要に迫られれば肥満度BMIの分布も求められるようになる。それに対して肥満度BMIの有意性検定ができる学生はいない。特殊な研究にしか出てこない指標も定義式があれば分布を求められる。
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Research Products
(4 results)