2021 Fiscal Year Research-status Report
Molecular dynamics of ultrashort-lived tautomers as transient species of chemical reactions
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19K05377
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
長澤 裕 立命館大学, 生命科学部, 教授 (50294161)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 超高速分光 / 過渡吸収スペクトル / 電子移動 / 無輻射失活 / 核波束運動 / コヒーレンス |
Outline of Annual Research Achievements |
フェムト秒時間分解過渡吸収(TRTA)スペクトル測定により不安定短寿命過渡種やコヒーレントな分子運動を観測し、以下のような研究を行った。 1) ソルバトクロミズムを示す色素フェノールブルー(PhB) は、光励起されると超高速の無輻射失活を起こし、励起状態寿命がサブピコ秒と非常に短く、無蛍光性である。この無輻射失活過程をTRTAスペクトル測定により検証すると、PhBはエタノール溶液中で溶媒分子と水素結合した互変異生体と熱平衡状態にあることが判明した。短波長側でPhBを光励起すると、水素結合していない異性体が選択的に励起されるが、長波長側では水素結合した異性体が励起され、超高速の無輻射失活により生じた振動励起された基底状態を経由して水素結合が切断される。また、無輻射失活の際、PhBの基底状態ブリーチのピーク波長が、コヒーレントな核波束運動により振動することも観測できた。 2) 三臭化銅錯体を光励起すると、配位子・金属間電荷移動 (LMCT) 状態が生じるが、この状態の寿命は30~40 fsと非常に短く、すぐに配位子場(LF)励起状態へと内部転換することが判明した。このLF状態もすぐに基底状態に緩和し、その寿命は2.6~7.3 ps程度であった。この際、超高速の内部転換により、LF状態にコヒーレントな核波束運動が生じることが観測され、Cu-Brの対称伸縮振動に帰属された。 3) 電子供与性溶媒中に色素を溶解すると、溶質・溶媒間で超高速の電子移動が起こる。電子供与性溶媒中のナフタセン色素について、TRTAスペクトル測定により多数のコヒーレント核波束運動を測定した。様々な電子供与性溶媒を用いると、電子移動反応の加速に伴い、一部の振動コヒーレンスの位相緩和時間が短縮されることが判明した。これらの振動が電子移動反応とカップリングしていることをDFT計算は示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ソルバトクロミズムを示す色素フェノールブルー(PhB) は、水素結合性のメタノール溶液中で互変異生体を形成し、熱平衡状態にあることが、定常状態の紫外可視吸収スペクトル測定やNMR測定により判明している。ところが、NMRの結果ではエタノール溶液中ではそのような互変異性化は確認できていない。我々の研究では、NMRよりも高時間分解能を有するフェムト秒時間分解過渡吸収(TRTA)スペクトル測定により、エタノール溶液中での超高速な互変異性化を確認することができた。よって、現在まで研究はおおむね順調に進展していると言える。PhBが無蛍光性である原因は、超高速の無輻射失活により、励起状態寿命がサブピコ秒と非常に短いためである。PhBの吸収帯の長波長側の650 nmで光励起すると、水素結合した異性体が選択的に励起され、超高速の無輻射失活により生じた振動励起された(ホットな)基底状態を経由して水素結合が切断される。その結果、水素結合していない異性体の比率が増加するが、時定数40 ps程度で水素結合が再生成し、もとの熱平衡に戻ることが判明した。短波長側の550 nmでは水素結合していない異性体が励起されるため、このようなことは起こらない。ところが、メタノール溶液ではこのような現象が起こらず、異性体を確認することができないというNMRと矛盾する結果になった。その原因は、PhBとメタノール分子の水素結合が特異的に強いため、無輻射失活により生じた熱エネルギーでは切断できないと考えた。また、無輻射失活の際、PhBの基底状態ブリーチのピーク波長が、コヒーレントな核波束運動により振動することより、一部の低波数振動が無輻射失活過程とカップリングしていることが示唆された。なお、三臭化銅錯体の無輻射失活、電子供与性溶媒中の溶質・溶媒間超高速電子移動についての研究は完了している。
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Strategy for Future Research Activity |
フェノールブルー(PhB)の互変異性化反応については、おおむね研究は予定通り進行している。今後は、エタノール溶液以外のその他の溶液についても実験を行う。とくにメタノール溶液では、互変異生体の存在は確認できておらず、NMRと矛盾した結果となっている。その原因は、PhBとメタノール分子の水素結合が特異的に強いため、無輻射失活により生じた熱エネルギーでは切断できないと考えられるので、この仮説を検証する。エタノール溶液では、無輻射失活に伴って基底状態吸収帯のブリーチがピコ秒時間領域で長波長シフトしていく過程が観測される。これは無輻射失活により水素結合が切断されるためであるが、メタノール溶液ではこのようなシフトが観測されない可能性がある。また、非水素結合性の極性・無極性溶媒(アセトニトリル、トルエン等)の互変異性化が起こらない溶媒での検証も行う必要がある。 インジゴおよびヘミインジゴ誘導体の異性化反応についても、フェムト秒TRTAスペクトル測定を行って、その反応ダイナミクスを解明する。インジゴ誘導体は2つのindoxyl部位がC=C結合で連結した対称構造の分子であり、シス-トランス光異性化反応を示す。N,N’-ジアセチルインジゴ(DAI)においては、シス・トランス異性体に加えてジアセチル基の回転による異性体も存在することが赤外吸収スペクトル測定から判明している。そこで、TRTAスペクトル測定によりこれらの回転異性体が光異性化反応におよぼす影響を解明する。また、ヘミインジゴはindoxyl部位とベンゼン部位をC=C結合で連結した非対称な構造をした分子である。インジゴのシス体は熱的に不安定で、暗所でもトランス体に変異してしまうが、ヘミインジゴは両異性体ともに熱的に安定で、光異性化しか起こさない。そこで、TRTAスペクトル測定により両者の反応ダイナミクスの比較を行う。
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Causes of Carryover |
コロナ禍のため、大学構内への入構規制が敷かれ、研究室の人員が70%まで制限され、研究遂行に支障が生じた。とくに、現在使用しているフェムト秒TRTAスペクトル測定系の改良が進まなかった。当研究室では、再生増幅型のTi:sapphireレーザーを光源とした2台の非同軸光学パラメトリック増幅器(NOPA)を使用して実験を行っているが、その発振波長領域は500 nmから1000 nmに限定される。そこで、これを紫外部の250 nmまで拡張するため、非線形光学結晶を使用して第2高調波発生を行う予定だったが、この改良があまり進展していない。また、国内外の移動が制限され、共同研究が進まず、学会も延期またはインターネット経由のオンライン開催となった。 今後の計画としては、第2高調波発生を使用したフェムト秒TRTAスペクトル測定の実験をおもに行う予定である。とくに、それぞれT型とP型フォトクロミズムを示すインジゴとヘミインジゴ誘導体の異性化反応について、その反応ダイナミクスを観測し、なぜこのような違いが生じるか解明する。さらに、紫外光照射により開環反応を起こし着色する対称構造のスピロピラン分子のフォトクロミズムの励起状態ダイナミクスを解明する。生じた次年度使用額については、これら実験に必要な消耗品(ミラーやレンズ等光学部品、溶媒、実験試薬等)や学会参加のための旅費、その他に使用する計画である。
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Research Products
(16 results)