2019 Fiscal Year Research-status Report
軌道自由度を有する分子性超伝導体における電子対形成の研究
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19K05405
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Research Institution | Ehime University |
Principal Investigator |
山本 貴 愛媛大学, 理工学研究科(理学系), 准教授 (20511017)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 分子性超伝導体 / 分子軌道自由度 / 分子分光 / 高圧 |
Outline of Annual Research Achievements |
銅酸化物を始めとする強相関系の超伝導体において、電子間の斥力だけでなく電子間の引力の役割が注目されている。同じ強相関系に属する分子性超伝導体は、HUMOやLUMOの斥力と引力のみ物性に寄与する単純な系である。そこで、分子性超伝導体をHOMOとLUMOの役割が異なる三系統の物質に分けて、斥力と引力の役割を検証する研究を行っている。 初年度は、HOMO由来の斥力が顕著である(ET)2Cu[N(CN)2]Iを扱った。過去の報告によると、超伝導と絶縁体のドメインの生成が示唆されている。ポンププローブ分光により近赤外領域の反射率をマッピング測定したところ、偏光依存性の異なる二種類の領域が存在した。偏光依存性の異なる領域の一方では、斥力が主たる相互作用であり、もう一方の領域では電子-格子相互作用による引力の存在が示唆される。 そこで、引力が超伝導に及ぼす影響を直接検証する研究を始めた。第一段階として、 (ET)2Cu[N(CN)2]Iよりも単純な二次元構造を持つ物質から着手した。 (ET)4Pd(CN)4H2Oにおいて、分子軌道の重なりが大きい方向に一軸圧縮を行ったところ、絶縁化が促進された。この挙動は、静水圧による超伝導の促進と真逆である。分子間距離の減少により、結合性相互作用を示す個所と、反結合性相互作用を示す箇所が規則的に生じることにより絶縁化が説明できる。これは、引力と斥力の双方の促進にほかならない。 同様の実験を、常圧超伝導体である(ET)4[Ga(C2O4)3](H3O)C6H5NO2に適用した。一軸圧縮により、極低温では超伝導が促進され、それ以上の温度では絶縁化が促進された。この現象も、斥力と引力の双方の促進で説明できる。ラマン分光により、引力の起源となる電子-格子相互作用の強さは、(ET)4Pd(CN)4H2Oよりも弱いことが分かった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、分子性の超伝導体を三つの系統に分けて、超伝導体における電子間斥力と引力の役割を三年かけて評価する予定である。三つの系統とは、「(1) 二量体化が顕著なため、HOMOが結合力を担い、LUMOが反発力を担う系統」、「(2) 二量体化が顕著ではなく、HOMOが反発力を担う系統」、「(3) 隣接分子がずれて積層する単一成分固体であり、HOMOとLUMOの混合が予想されている系統」である。 本年度は、(2)に属する(ET)2Cu[N(CN)2]Iに着目した。電気抵抗率の測定結果により、超伝導のドメインと絶縁体のドメインの存在が予想されている物質である。ポンププローブ分光により分子間相互作用の異なるドメインの存在が明らかになった。当初計画では、赤外顕微分光もしくはラマン分光によりドメインの観測を行う予定であった。しかし、これらの実験を急ぐ必要性がないほど、ポンププローブ分光は本研究に大きな進展をもたらした。この研究により、HOMO由来の反発力だけでなく、電子-格子相互作用に由来する二量体間の結合性相互作用(引力)の必要性が示唆される結果を得た。その後、同系統の常圧超伝導体である(ET)4[Ga(C2O4)3](H3O)C6H5NO2において、電子-格子相互作用による引力の寄与を見出し、定量的議論ができるようになった。この結果は、次年度以降計画している(ET)2Cu[N(CN)2]Iにおける電子-格子相互作用の探索の布石となる。 一方で、(1)に属するX[Pd(dmit)2]2 (X = 一価の陽イオン)の研究に時間を割くことができなかった。しかしながら、(2)の研究に大幅な進展が見られたので、研究計画全体の進捗状況はおおむね順調といえる。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度では「(2) 二量体化が顕著ではなく、HOMOが反発力を担う系統」に大きな進展が見られた。初年度では(ET)4[Ga(C2O4)3](H3O)C6H5NO2における引力の定量化を行ったので、二年目は(ET)2Cu[N(CN)2]Iに働く引力と斥力の定量化を試みる。(ET)4[Ga(C2O4)3](H3O)C6H5NO2や(ET)4Pd(CN)4H2Oと同様に、軌道の重なりの大きな方向に一軸圧縮することで、絶縁化や超伝導転移が促進されるのか検証する。可能であれば、分子内振動の測定も行い、電子間反発に鋭敏な分子振動モードから斥力を定量し、電子-格子相互作用に鋭敏なモードから引力の定量化を試みる。 次年度からは、「(3) 隣接分子がずれて積層する単一成分固体であり、HOMOとLUMOの混合が予想されている系統」にも着手する。二年目には赤外・ラマンスペクトルの試し撮りを行い、基準振動解析との整合性を検証する。三年目には、超伝導と同じ超高圧での赤外・ラマンスペクトルの測定を計画している。なお、超高圧実験に向けて、ダイヤモンドアンビルセルを用いたスペクトル測定等の環境整備は初年度から着手している。二年目には環境整備の終了を目指す。 「(1) 二量体化が顕著なため、HOMOが結合力を担い、LUMOが反発力を担う系統」に属するX[Pd(dmit)2]2 (X = 一価の陽イオン)の研究に着手する。分子振動の測定により反発力と結合力の定量化はほぼ終わっている。二年目以降は、未実施であった低温結晶構造解析の結果と総合して、定量化した結果との整合性を吟味する。
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Causes of Carryover |
ポンププローブ分光において進展があり、その結果、軌道放射光やラマン分光法によってマッピング測定を急いで行う必要性が無くなったため。
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