2019 Fiscal Year Research-status Report
低波数ラマン光学活性による溶液中タンパク質の高次構造解析
Project/Area Number |
19K05524
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
山本 茂樹 大阪大学, 理学研究科, 助教 (60552784)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | キラリティ / αヘリックス / 低波数 / タンパク質構造 / ラマン分光 / 光学活性 |
Outline of Annual Research Achievements |
αヘリックス構造に代表される,らせん構造を持ったタンパク質のキラル二次構造は,従来紫外円二色性などによって簡便に測定されてきた。しかし,溶液中タンパク質の構造理解のためには,さらに高次のキラルタンパク質構造の測定も必要不可欠である。一方で,溶媒分子とタンパク質との間に形成されるキラルな溶媒和構造を直接測定できれば,タンパク質の溶解や変性初期反応をより深く理解できるだろう。しかし,これらキラル構造を溶液中において簡便に測定することは難しい。本研究においては新規な低波数ラマン光学活性分光を用いて,溶液中タンパク質のキラル高次構造を直接に解析できる簡便な測定法を開発することを目的としている。 世界に先駆けて180cm-1以下の低波数ラマン光学活性(低波数ROA)を測定し,溶液中タンパク質のキラリティを,従来の波数領域と比べて3-10倍の強度で測定できることを示した。これにより測定時間の劇的な短縮と試料濃度の削減の可能性が開けたことは,新たなキラル分光分析法の確立の観点から意義がある。この高強度キラル信号の原因としては,低波数領域での振動の非局在性と,タンパク質‐溶媒分子相互作用との二つの可能性がある。そこで,分子断片化法を用いた量子力学により低波数ROAスペクトルを解析したところ,高強度ROA信号の原因としては,振動の非局在性の寄与が大きいことが明らかとなった。さらに分子動力学と量子力学を組み合わせた計算も行い,溶媒分子の寄与は小さいことを示した。タンパク質の高強度なキラルラマン信号の原因は,二次構造中で比較的長い距離(~10アミノ酸単位)まで到達可能な,アミノ酸の振動相互作用であることが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
溶液中でαヘリックス構造をとるタンパク質の低波数ROA測定を行い,従来の高波数領域(800 cm-1以上)と比べて3-10倍のキラル信号を示すことを明らかとしたことは,新たな高感度キラル測定法の開発の観点から大きな進捗である。さらに,分子断片化法を用いた量子力学および分子動力学計算により,ペプチドの高強度な低波数ROAスペクトルを良く再現することができた。相対強度および波数について,実験と計算が良く対応しており,これまで達成されていなかったキラル低波数振動の帰属が初めて可能となった。 実験スペクトルと計算スペクトルの解析から,高強度な低波数ROA信号の原因は,ペプチド内での振動の非局在性が主に寄与していることが分かった。さらに,分子動力学と量子力学計算を組み合わせた解析から,予備研究において示唆されていたタンパク質‐溶媒分子相互作用の寄与は,実は小さいことが明らかとなった。さらに量子力学計算から,振動の非局在性が~10アミノ酸単位まで及ぶという具体的な数値を示したことは,低波数ROAを生んでいる分子振動の理解の上で重要である。αヘリックス構造のような大きな構造の分子振動をより容易に理解するために,“ヘリックス座標”を導入し,低波数ROA振動をαヘリックスの伸縮や拡張の観点から解析した。その結果,高強度低波数ROAはヘリックスの“巻き”振動に帰属できることが明らかとなった。高強度キラルラマン信号の原因を解明できたことは,新たなタンパク質キラル構造分析法の開発の観点から,大きな進展である。 以上の進展から,“当初の計画以上に進展している”と評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
低波数ROAスペクトルとタンパク質高次構造との相関を明らかとするために,多数のタンパク質の測定を行う。X線結晶構造解析により結晶中での構造が既知のタンパク質(アルブミン,アポフェリチン,インスリン,コンカナバリン,リゾチーム,IgG,βラクトグロブリンなど多数)について,溶液中において測定を行う。得られた低波数ROAピークの波数位置および強度を,既知の二次および三次構造と比較する。 さらに,三次以上の高次構造をほとんど取らないと予想される,単一のアミノ酸からなるポリペプチドを測定し,タンパク質の結果と比較することで,二次構造による効果と,三次以上の高次構造による効果とを分離帰属する。例えば,αヘリックスが規則的に配列した三次構造をとるアポフェリチンと,水溶液中でαヘリックス二次構造をとるポリ-L-グルタミン酸を比較すれば,アポフェリチンに特徴的な三次構造(規則的なαヘリックスの配列)由来のROAスペクトルが特定できる。 コラーゲンにおいては,PP-IIヘリックス二次構造をとったペプチド鎖が3本集まり,三重らせん三次構造をとっている。コラーゲンモデルペプチド(Pro-Pro-Gly)10の低波数ROAを測定し,そのスペクトルをポリ-L-プロリン(二次構造がPP-IIヘリックス)と比較することで,三重らせん構造に由来するROAスペクトルを特定する。コラーゲンを構成するアミノ酸はL体,二次構造のPP-IIヘリックスは左巻き,三次構造の三重らせんは右巻きである。これら3種のキラリティをROAにより識別可能か,という問いは振動キラリティ信号の発生メカニズムを明らかにする上でも非常に興味深い。
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Research Products
(6 results)