2020 Fiscal Year Research-status Report
好低水温性赤潮藻のシスト発芽能評価に基づく赤潮発生予察技術の開発
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19K06211
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Research Institution | Kagoshima University |
Principal Investigator |
吉川 毅 鹿児島大学, 農水産獣医学域水産学系, 教授 (10295280)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 好低温性赤潮 / 生活環 / 休眠細胞 / 赤潮予測 / 定量PCR |
Outline of Annual Research Achievements |
高い魚毒性を持つ好低温性赤潮原因藻類の一種、ディクチオカ藻綱Pseudochattonella verruculosaについて、本藻検出・定量化法の高感度化、生活環(増殖)各段階での遺伝子発現の推移の解明に取り組んだ。 検量線作成用に希釈系列を調製した本藻DNAをSso7d融合DNA合成酵素により前増幅した。その増幅産物をqPCRに供した結果、検出感度が向上するとともに、鋳型DNA量に依存しない均等な前増幅が検量線の直線性から確認された。2012年2月の本藻ブルーム発生後に採取した鹿児島県山川湾の海底泥より環境DNAを調製し、本手法を応用したところ、非特異的な増幅が観察され、本藻の定量化には至っていない。前増幅における特異性の向上が課題である。 本藻の培養細胞を経時的に採取し、生活環における遊泳細胞から非遊泳性細胞集塊までの各段階の細胞を回収した。これらの細胞内の葉緑体DNA量をqPCRにより相対評価したところ、細胞集塊形成に伴い葉緑体DNA量が増加する傾向が見られた。栄養の枯渇などストレス条件下、光合成関連の代謝活性を維持するために葉緑体または葉緑体DNA量を増加させているものと推察される。また、細胞あたりの葉緑体DNA量が本藻の生活環各段階の指標となり得る可能性が示唆される。 同様に、上述の生活環(増殖)各段階で回収した細胞から全RNAを調製し、葉緑体DNA上にコードされているpsaA、psbA、rbcLの各光合成関連遺伝子の発現量を逆転写qPCR(RT-qPCR)にて評価した。その結果、psaAおよびrbcLは葉緑体DNA量と類似の挙動を示す一方、psbAはむしろ増殖初期に高い発現量を示した。ただし、本結果については、再現性も含め、生活環を完結させる系の確立ののちに再度検討が必要である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
令和2年度は、以下の点について実施する予定であった。1)赤潮原因藻Pseudochattonella verruculosaの生活環をin vitroで完結させる系の確立 2)本藻生活環の各段階と葉緑体DNA量や光合成関連遺伝子発現量などの相互関係の解明 3)2)の結果に基づいての休眠ステージ(シストまたは非遊泳性細胞集塊)特異的な分子指標の確立 1)については、培養系にて単細胞性の遊泳細胞が融合し非遊泳性の細胞集塊を形成するまでの過程を確認した。しかしながら、細胞集塊内での遊泳細胞の形成と遊離、その後の遊泳細胞の分裂増殖を捉えるには至っていない。生活環の把握には経時的な観察を一定期間継続する必要がある。しかしながら、新型コロナウイルス感染症対策のためしばしば観察を中断せざるを得ず、連続しての観察が困難であった。また、本藻培養株には細菌が共存している。その増殖により本藻細胞が溶解、死滅し、生活環の完結に至らなかった。 2)および3)については、生活環(増殖)各段階の葉緑体DNA量や光合成関連遺伝子発現量を評価し、その挙動をある程度捉えている。しかしながら、結論を得るためには、再現性の確認に加え、1)の生活環を完結される系の確立を待つ必要がある。 以上のことから、とくに1)についての進捗状況にやや遅れが生じていると判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
1)赤潮原因藻Pseudochattonella verruculosaについて、非遊泳性の細胞集塊(休眠細胞)形成から遊泳細胞の形成と遊離の各段階を誘導する環境要因を解明し、in vitroで本藻の生活環を完結させる系を確立する。また、本藻の生活環と葉緑体DNA量の相互関係を明らかにし、細胞集塊(シスト)形成および遊泳細胞の形成(発芽)の分子指標としての可能性を検討する。 2)渦鞭毛藻類では、シストでの鞭毛関連遺伝子の発現抑制が報告されている(Jang et al., 2017など)。そこで、当初の計画で示した葉緑体DNA上の光合成関連遺伝子に加え、鞭毛関連遺伝子などシストで発現が活性化または抑制されると推測される遺伝子をクローニングする。これらの遺伝子について、逆転写定量PCR(RT-qPCR)などの手法を用い、生活環の各ステージ、とくに細胞集塊での発現量の増減を明らかにする。可能であれば、メッセンジャーRNAの網羅的解析(トランスクリプトーム解析)を実施し、生活環の各ステージ特異的に発現が制御される遺伝子群を特定する。これらの情報をもとに、細胞集塊成熟期および遊泳細胞形成・遊離期特異的な分子指標を確立する。 3)本藻赤潮の発生履歴がある鹿児島県山川湾などの南九州海域に調査定点を設け、確立した分子指標により現場海域での本藻細胞数の推移を明らかにする。とくに、本藻が低密度で存在する場合の検出感度の向上について検討する。あわせて、細胞集塊に関連する分子指標により現場での本藻の生活環ステージの推移を捉える。現場海域での調査が困難な場合はモデル系(ミクロコスム)を構築し、同様の実験を行う。 4)以上の研究で得られる成果をもとに、本研究で採用した手法の赤潮予測への応用可能性を考察する。また、本成果を赤潮現場海域での赤潮発生予測および赤潮防除法の提言につなげる。
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Causes of Carryover |
令和2年度は、新型コロナウイルス感染症対策のためにしばしば研究を中断せざるを得ず、当初の計画の一部、とくに赤潮原因藻Pseudochattonella verruculosaの生活環を完結させる系の確立とそれに基づく生活環の各ステージ、とくに休眠ステージ(シスト、非遊泳性細胞集塊)における葉緑体DNA量や光合成関連遺伝子発現量の評価について十分な実験研究が実施できなかった。それに伴い、関連する実験研究に要する支出が当初の想定を下回ることとなった。 令和3年度は、当初の計画に加え、メッセンジャーRNAの網羅的解析(トランスクリプトーム解析)の実施を検討している。この実験により、本藻の休眠細胞(シスト、細胞集塊)で特異的に発現が制御される遺伝子群の特定が可能となる。これらの遺伝子群の発現をモニタリングすることにより、現場海域に存在する本藻の赤潮形成可能性を評価できる。そこで、次年度使用額は、当該実験に要する試薬やトランスクリプトーム解析の外注などに充てる予定である。
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