2020 Fiscal Year Research-status Report
養殖環境のストレスはDNA脱メチル化を介して魚類細胞の老化を引き起こすか?
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19K06234
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Research Institution | Tokyo University of Marine Science and Technology |
Principal Investigator |
二見 邦彦 東京海洋大学, 学術研究院, 准教授 (00513459)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
片桐 孝之 東京海洋大学, 学術研究院, 准教授 (50361811)
舞田 正志 東京海洋大学, 学術研究院, 教授 (60238839)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | p16 / SASP / SA-β-gal活性 / 魚類不死化細胞株 / 初期老化 / 完全老化 |
Outline of Annual Research Achievements |
ヒト正常二倍体細胞を長期間にわたって継代培養していくと,増殖能の低下が起こる。一方,魚類由来の培養細胞は,培養初期から一定の増殖を続け,老化の兆候が見られないまま不死化細胞株として樹立される。申請者らは令和元年度,癌遺伝子誘発性細胞老化(OIS)の中心的な役割を担うRas癌遺伝子に着目し,魚類由来培養細胞株ではRasは細胞老化の一部の表現型を示す初期老化を誘導するのみで,成熟した完全老化への移行には関与しないことを明らかにした。令和2年度は,魚類由来培養細胞がどのようにして試験管内で老化耐性を示しているのかをさらに解析した。 哺乳類では,Rasはp53-p21経路とp16-Rb 経路の両方を活性化することで細胞老化を誘導する。特にp16は,細胞老化誘導の中心的な役割を担っている。哺乳類のp16は,脊椎動物の進化の後期に起こった局所的な遺伝子重複の産物であり,魚類はp16を欠如している。このことは,魚類細胞においては,Ras単独の活性化のみでは完全老化には成熟しないことを意味する。そこで哺乳類p16遺伝子をEPC細胞に導入し,細胞老化マーカーであるSA-β-gal活性の測定およびqRT-PCRによるSASP因子の発現定量を行った。その結果,p16導入細胞ではSA-β-gal活性が有意に上昇したが,SASP因子をコードする遺伝子の有意な発現上昇は確認されなかった。また,Rasとp16の共発現によって完全老化に成熟するかを調べたところ,Rasの活性化による細胞形態の大型・扁平化が見られたものの,SASP因子の発現を調節するNF-kBの活性に顕著な上昇は見られなかった。以上より,魚類培養細胞では,哺乳類の老化関連遺伝子を導入しても完全老化にまで成熟しないことが明らかとなった。すなわち,魚類培養細胞には,哺乳類とは異なるロバストな老化耐性機構が備わっていることが示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ras遺伝子のプロモーター領域がDNA脱メチル化剤5-Aza-dCにより脱メチル化されるかをCOBRA法により解析した。令和元年度で得られた結果にこのデータを追加して論文を執筆し,令和2年度にGene誌に受理されたことは大きな進捗であった。引き続き,魚類由来培養細胞がどのようにして試験管内で老化耐性を示しているのかをさらに詳細に解析するために,哺乳類p16遺伝子をEPC細胞に導入した。その結果,p16導入によりSA-β-gal活性が有意に上昇したが,SASP因子をコードする遺伝子の有意な発現上昇は確認されなかった。また,Rasとp16の共発現によって完全老化に成熟するかを調べたところ,Rasの活性化による細胞形態の大型・扁平化が見られたものの,SASP因子の発現を調節するNF-kBの活性に顕著な上昇は見られず,依然として魚類由来培養細胞の老化耐性機構は不明のままである。しかしながら,予備実験の過程で,培地から5-Aza-dCを除去し培養を続けると老化した細胞が若返る可能性があることや,p16と同じ遺伝子座にあり異なる翻訳フレームを用いるARFの導入では細胞死が起きることなどが当初予期していないこととして確認され,次年度以降のヒントとなる有益な結果を得ることができた。 一方,養殖場で起こりうるストレスや感染症を想定し,試験管内においてこれらが細胞老化を誘導するかどうかは明らかにできなかった。しかしながら,令和元年度に作成したDNA損傷応答やNF-kB活性をモニターできるルシフェラーゼレポーターコンストラクトに加え,令和2年度は酸化ストレスや低酸素ストレス,熱ショックストレスなどもモニターできるコンストラクトを作製できたため,令和3年度以降はこれらのコンストラクトを利用して,各種ストレスや感染症,農薬などの有害化学物質が細胞老化を誘導するかについて調べる見通しが立った。
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Strategy for Future Research Activity |
魚類由来培養細胞株では,p16は細胞老化の一部の表現型を示す初期老化を誘導するのみで,成熟した完全老化への移行には関与しない可能性が示唆されたことから,令和3年度は引き続き,魚類由来培養細胞がどのようにして試験管内で老化耐性を示しているのかをさらに詳細に解析する。令和2年度に,Rasとp16のコトランスフェクションを行ったが,2つの遺伝子が同じ細胞に導入されていないケースが見られたため,令和3年度では,バイシストロン性発現ベクター(pIRES)を用いてRasとp16を単一mRNAから翻訳させるシステムを構築する。 また,養殖場で起こりうるストレスや感染症を想定し,試験管内においてこれらがゲノムDNAあるいは特定の遺伝子の脱メチル化を介してSASPを誘導するかについても明らかにする。具体的には,酸化ストレスや養殖場で起こりうる低酸素ストレスを模して,EPC細胞に過酸化水素や塩化コバルトを添加した後,各種老化マーカーおよびSASPの有無を検証する。同様に,感染症を模したマイトジェン(LPS,ConA,PHA),poly(I:C),キチン・パパイン(それぞれ細菌,ウイルス,寄生虫感染のミミック)や,農薬などの有害化学物質の曝露による影響についても調べる。農薬にはミトコンドリア呼吸鎖複合体に作用するものもあり,ショウジョウバエでは,Rasの活性化とミトコンドリアの機能障害により過剰なROSが産生され,それによるJNKの活性化とHippo経路の抑制でSASPが誘導されることが知られている。魚類においてもJNK経路とHippo経路は保存されているため,これらの経路を介したSASP制御についても明らかにする。
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Causes of Carryover |
令和2年度では,養殖場で起こりうるストレスや感染症を想定し,試験管内においてこれらがゲノムDNAあるいは特定の遺伝子の脱メチル化を介してSASPを誘導するかについても明らかにする予定であった。しかしながら,魚類培養細胞には哺乳類とは異なるロバストな老化耐性機構が備わっていたために,哺乳類の老化関連遺伝子を導入しても完全老化にまで成熟しないことが明らかとなった。そのため,当初の目的を一部変更したことで未使用額が生じた。 令和3年度は,魚類培養細胞におけるSASP制御について明らかにするとともに,酸化ストレスや低酸素ストレスを模した過酸化水素や塩化コバルトを細胞に添加し,各種老化マーカーやSASPを検証する。同様に,感染症を模したマイトジェン,キチン・パパインや,農薬などの有害化学物質の曝露による影響についても調べる。未使用額はその経費に充てることとしたい。
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Research Products
(1 results)