2019 Fiscal Year Research-status Report
形態的可塑性とリンクした行動戦略の多型はどのような神経基盤により生じるのか?
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19K06754
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
渡邊 崇之 北海道大学, 理学研究院, 学術研究員 (70547851)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 性的二型 / 表現型可塑性 / doublesex 遺伝子 |
Outline of Annual Research Achievements |
生物は、個体の置かれた環境に応じて発生プログラムを柔軟に変化させることで、様々な環境に柔軟に適応する。生物はこの表現型可塑性と呼ばれる現象により、形態や行動戦略の多様性を生み出す。本研究では、密度効果により体サイズの多型が生じるコオロギを材料に「形態的可塑性とリンクした行動戦略の多型」の神経基盤解明を目指す。 本年度は、まず様々な密度で飼育した雄コオロギについて、形態的多様性を調査するとともに、闘争行動の強度を調査した。先行研究では、低密度条件下で飼育したコロニーからは激しい闘争行動を示すサイズの大きな雄コオロギが生じ、高密度条件下で飼育したコロニーからは軽微な闘争行動を示す小型個体が生じることが報告されている (Iba et al., 1995)。本研究では、まずこの先行研究の再現実験を行い、密度効果による形態的多型の生じる飼育条件の検討と、成虫雄コオロギの体サイズに依存した闘争行動強度の多型を調査した。 さらに、コオロギ脳において闘争行動などの性特異的な行動を支配すると考えられる性特異的神経回路に着目し、神経回路の性特異性を規定する遺伝子と考えられる doublesex 遺伝子についての解析を進めた。doublesex 遺伝子は転写因子をコードする遺伝子である。コオロギ脳で doublesex 遺伝子を発現する神経細胞を同定するために、コオロギ Doublesex タンパク質に対する特異的抗体の作成を進めるとともに、doublesex 遺伝子を発現する神経細胞の細胞形態を可視化するために遺伝子導入系統の作成を試みた。また、コオロギの Doublesex タンパク質の比較構造解析から、DNA との相互作用に関わるドメインに多数の変異が蓄積していることが明らかになったため、コオロギ Doublesex タンパク質が認識する DNA 配列の同定を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1.飼育条件の条件検討と行動学実験: コオロギを様々な密度で飼育し、成長速度と成虫個体の体サイズを調査した。単独飼育・低密度・高密度条件下において飼育したところ、成虫が生じるまでの時間に有意差はみられなかったが、密度効果による体サイズの減少が確認された。しかし成虫雄コオロギの闘争行動については、先行研究の結果と異なり低密度群・高密度群ともに激しい闘争行動を示した。本実験では3日間の隔離飼育によりこれまでの社会的相互作用の効果をリセットした後に行動実験を行なった。先行研究ではこの隔離処理を行なっておらず、先行研究で報告された小型個体における攻撃性の減衰は、体サイズの効果と高密度条件下における社会経験の2つの要因に起因することが考えられた。 2. doublesex発現細胞の可視化: doublesex発現細胞の可視化のために CRISPR/Casシステムを利用したGeneTrap法により、doublesex発現細胞で蛍光タンパク質遺伝子を発現する遺伝子導入系統の作出を進めた。doublesex遺伝子のintorn領域を切断するgRNA、スプライスドナー部位の下流にeYFP遺伝子を結合したGeneTrapベクター、精製Casタンパク質をコオロギ受精卵に顕微微量注入し、発生した個体からF1世代を得た。F1世代においてGeneTrapベクターに組み込んだ遺伝子導入マーカーが発現する個体を選抜し、系統化に取り組んでいる。 3.コオロギDoublesexタンパク質の結合DNA配列の同定: コオロギを含む様々な系統の昆虫種に由来するDoublesexタンパク質を無細胞タンパク質発現系により調整し、SELEX-seq法によって結合DNA配列の同定を進めた。ランダムDNAライブラリーより標的DNA結合ドメインと親和性の高いDNA配列を選抜し、次世代シーケンスによる配列決定を行なっている。
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Strategy for Future Research Activity |
闘争行動の行動学実験について: 体サイズの多型に応じた行動パターンの差異を検出するためにはさらなる条件検討が必要である。条件検討に際しては、研究代表者がこれまでに確立している全脳活動マッピング法 (Watanabe et al., 2018) を活用し、闘争行動時に脳内で賦活化する神経細胞群を標識し、標識される神経細胞群に体サイズの多型に応じた差異がないかを検討する。なお、この実験では現在作成中の抗コオロギDoublesex抗体を利用した二重染色実験により、doubesex発現細胞の体サイズの多型に応じた細胞数の多型や、闘争行動時に賦活化するdoubesex発現細胞の多型に応じた差異について調査する予定である。 doublesex 遺伝子を発現する神経細胞群を可視化する遺伝子導入系統の作出については、これまでの作業を継続する。本年度は Gene Trap 法による遺伝子導入系統の確立を進めたが、次年度は相同組み替えによる遺伝子改変などの方法についても順次検討していく。 これらの方法によりdoublesex 遺伝子を発現する神経細胞群を可視化する遺伝子導入系統が作出できた後は、この系統を利用してdoublesex発現神経細胞の神経投射パターンを調査し、そこに体サイズの多型に応じた多様性が存在するかを調査する。
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Causes of Carryover |
当初の計画より消耗品を購入するために使用した額が少なく次年度使用額が生じた。具体的には抗体作成を発注する時期が遅くなり、支払いが次年度にずれ込んだことが挙げられる(抗体作成は次年度の5月中旬に終了する。抗体作成にかかる費用はは約 14 万円)。次年度は予定通り研究を遂行する。
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Research Products
(3 results)