2020 Fiscal Year Research-status Report
深海性多毛類腸管内硫黄化合物は金属および硫化水素無毒化に貢献するか
Project/Area Number |
19K06844
|
Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
小糸 智子 日本大学, 生物資源科学部, 講師 (10583148)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | マリアナイトエラゴカイ / ウロコムシ類 / 深海熱水噴出域 / メタロチオネイン |
Outline of Annual Research Achievements |
熱水噴出域に生息し、最も熱水に曝露される場所で生息するマリアナイトエラゴカイおよびウロコムシ類組織中から金属結合性タンパクであるメタロチオネインの定量を試みた。また、マリアナイトエラゴカイ腸管内に局在する顆粒の電子顕微鏡による観察と元素マッピングを実施し、種間比較を行なった。 金属結合性タンパク質であるメタロチオネインは、動物のみならず植物やバクテリアも保有するタンパク質である。メタロチオネインはカドミウム、亜鉛、銅と結合するほか、鉄やコバルト、マンガンによって合成が誘導される。本研究で対象としている深海性多毛類は周囲の深海底に比べて多量の金属、重金属に曝露されている。そこで、マリアナイトエラゴカイ、ウロコムシ類、サツマハオリムシ、シチヨウシンカイヒバリガイ、対照のムラサキイガイ組織中のメタロチオネイン量を専用のELISAキットを用いて定量した。組織間、種間で比較した結果、マリアナイトエラゴカイ腸管の濃度が最も高く、ウロコムシ類腸管はマリアナイトエラゴカイ腸管に比べ少なかったが体壁より多量であった。次いで腸管内における顆粒の局在を調べた。両種の腸管内顆粒の局在部位は類似していたが、顆粒の量が異なることがわかった。腸管顆粒の微細構造を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、両種の顆粒は形状が全く異なっていた。EDSによる元素マッピングにより、マリアナイトエラゴカイの顆粒は硫黄元素と金属元素を含む一方、ウロコムシ類の顆粒は生体成分しか検出されなかった。 深海性多毛類腸管内で多量に検出されたメタロチオネインタンパク質と腸管内顆粒の因果関係は不明だが、金属元素を含む腸管内顆粒の有無は種によって異なる一方、深海性多毛類の腸管は体内の金属元素量を制御する重要な器官であることが示唆された。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
深海性多毛類(マリアナイトエラゴカイ、ウロコムシ類)腸管組織の詳細な観察を実施した。TEM観察、SEM観察およびEDSによる元素マッピングにより、深海性多毛類腸管内顆粒の局在、構成元素を明らかにした。さらに、腸管内顆粒の形成に寄与していると考えられるメタロチオネインタンパク質の定量も実施した。これらの結果により両種の腸管内顆粒の相違を明確にすることができ、腸管内顆粒形成のプロセスを解明する足掛かりができた。しかし、いずれも採集直後の個体を比較したものであり、鉄や硫化物曝露実験によって腸管内顆粒の量や構成元素が変化するのか、すなわち腸管内顆粒が生息環境中の元素に由来するものであるかは検証できていない。それは、前年度にマリアナイトエラゴカイの鉄元素曝露実験を実施したが、緊急事態宣言発出に伴う移動制限のため研究協力者の所属機関での元素分析が遂行できず滞っているためである。 マリアナイトエラゴカイとウロコムシ類腸管内顆粒の局在および構成元素が異なることは明らかになったが、次の段階として、それが両種の生態の違いによるものであるか調べる必要がある。マリアナイトエラゴカイは薄い棲管を持ち、基盤に付着してほぼ移動しない一方、ウロコムシ類は疣足で移動するという生態を持つ。浅海性多毛類で同様の生態をもつ種と比較することでこの仮説がマリアナイトエラゴカイに特異的なものか、浅海から深海まで普遍的な現象であるか明らかにできるものと考え、浅海性多毛類の採集および硫化物・鉄元素曝露実験を計画していた。しかしながら、先述のように移動制限が長期に及んだため、比較対照として用いる予定だった浅海性多毛類のサンプリングを実施できず、浅海性多毛類のデータを得られなかった点ではやや進捗が遅れている。
|
Strategy for Future Research Activity |
マリアナイトエラゴカイ腸管内のメタロチオネイン量が他種やウロコムシ類より多量であったことから、体壁やその周囲の組織に比べ腸管が金属元素を無毒な状態で蓄積するために重要な役割を果たしていると考えられる。したがって、個体数を増やしてメタロチオネインタンパク質の定量を行ない、まず再現性を確認する。さらに、鉄元素曝露実験に用いたマリアナイトエラゴカイのメタロチオネインタンパク質を定量し、メタロチオネイン合成の誘導が生じているか確認する。さらに元素分析を実施し、鉄曝露によって腸管に含まれる元素鉄量が増加しているか明らかにする。また、分子生物学的アプローチとして、マリアナイトエラゴカイとウロコムシ類腸管のRNA-SeqないしcDNAクローニングにより両種のメタロチオネインタンパク質のcDNAを単離し、一次構造を明らかにする。また、大腸菌発現系の確立を試み、最終的に複数の金属元素に対する結合能の種間比較を目指す。 電子顕微鏡観察により、ウロコムシ類腸管内の顆粒は局在と構成元素から粘液と考えられる。マリアナイトエラゴカイ腸管内顆粒はウロコムシ類と局在が類似するものの構成元素が異なる。したがって、粘液顆粒染色を行ない、両種の腸管内顆粒が粘液に由来するか明らかにする。また、これまで浅海性多毛類との比較を行なっていないため、数種の浅海性多毛類腸管を観察し、顆粒の有無を確認する。そして、深海性多毛類と同様に元素分析、メタロチオネインの定量、組織染色と観察を行なう。さらに、硫化物および鉄元素曝露実験を実施し、対照区と腸管内の鉄元素量や腸管組織を比較する。それらの結果を統合し、硫黄と金属から構成される腸管内顆粒を形成することはマリアナイトエラゴカイ特有の硫化水素および金属元素無毒化機構なのか考察する。
|
Causes of Carryover |
前年度は緊急事態宣言発出により、乗船を伴う調査航海のキャンセルや長距離移動が制限されたため、試料となる多毛類を採集する機会が得られなかった。それにより、当初対照として用いる予定であった浅海性多毛類を入手できなかった。また、先述の理由で研究協力者の所属機関での各種分析も滞っている。さらに緊急事態宣言に伴う在宅勤務により、実験に従事する時間が減少したことに加え、研究補助として活動予定だった学生も在宅学習となりマンパワーも不足した。したがって、今年度は前年度に遂行できなかった生物採集および研究協力者の所属機関での分析に係る旅費として使用する。生物採集や検体数の多い分析を行なう際はマンパワーが必要なため、研究補助として帯同する学生に対して旅費を支給する。また、元素分析やアミノ酸分析、組織染色および観察に使用する試薬やプラスチック器具類などの消耗品代、次世代シーケンスやcDNAクローニングなどの遺伝子実験で使用する試薬代、フィールドで使用する生物採集用品や生物保管容器代、浅海性多毛類の曝露実験に必要な水槽代などに使用する。
|