2020 Fiscal Year Research-status Report
膜タンパク質の膜貫通領域におけるシステイン残基を介したレドックス感知機構
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19K07040
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Research Institution | National Institute of Advanced Industrial Science and Technology |
Principal Investigator |
徳永 裕二 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 生命工学領域, 研究員 (80713354)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
坂倉 正義 横浜市立大学, 生命医科学研究科, 助教 (20334336)
鴫 直樹 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 生命工学領域, 主任研究員 (20392623)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 核磁気共鳴 / 高分子量観測 / 重水素化 / 硫黄運搬 / tRNA修飾 / 硫黄化修飾 / 構造平衡 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度には、タンパク質および脂質膜(模倣)環境まで考慮した完全重水素化が困難である高分子量膜タンパク質のNMR信号の観測を実現するための技術開発を行い、Journal of Medicinal Chemistry誌に論文発表を行った。当該技術は、高分子量タンパク質において有利となる磁化移動方式と、タンパク質の重水素化を行わずとも高分子量領域において先鋭な信号を観測可能である15N各直接観測技術を組合せ、さらに磁化移動と化学シフト展開期の統合および逆位相磁化としての取り込みを行うことによる緩和最適化を図ったものである。N-CRINEPT法と称する本技術を適用することにより、分子量300 K相当のタンパク質の主鎖アミドシグナルを観測することに初めて成功するとともに、翻訳後修飾状態の変化に伴うアロステリックな局所構造の変化を検出し構造解析における実用性を実証した。 また、大腸菌のtRNA硫黄修飾経路において硫黄運搬タンパク質として機能するTusEを対象とした、硫化状態依存的なNMR構造解析を実施した。この結果、TusEの硫黄修飾部位であるCys-108は、アミノ酸配列上C末端部分にあり、特定の立体構造を形成していない領域に含まれるにもかかわらず、硫黄修飾に伴い構造形成領域を含む幅広い範囲に化学シフト変化が誘起されるという、事前に予期しなかった結果が得られた。硫黄修飾に伴い想定される酸解離定数の変化より、修飾部位の電荷状態の変化が構造変化に寄与しているとの仮説を立て、電荷状態を操作する変異体解析を実施した結果、当該仮説を支持する結果が得られた。さらに、硫黄修飾状態における構造変化は構造形成を介して硫黄修飾状態の安定化に寄与しているとの仮説を立て、実際に構造形成が阻害される変異体において試験管内における硫黄修飾状態の安定性が毀損されていることを予備的に確認した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
高分子量タンパク質のNMR構造解析に与する基盤的な測定技術の開発に成功した。この成果は、単に膜タンパク質の硫黄修飾に留まらず、NMRによる構造解析の対象を大幅に拡大するものである。既存の観測技術では、高分子量タンパク質のNMRシグナルの観測は高度な重水素化を必要としておりタンパク質発現系が限定されるとともに、主鎖アミドシグナルについては重水素化を行ったとしても100 kDa前後が上限となっていた。これに対し、重水素化を行わずとも300 kDaの観測を可能とする本技術開発により、両方の制限が緩和された。このことにより、高等動物に由来する培養細胞など重水中での生育ができない細胞を用いることが必要であり、かつ分子量の大きい高難度タンパク質を解析対象とすることが可能となり、特にヒト由来タンパク質を扱うことの多い創薬研究を含め幅広い波及効果を持つ。 硫黄運搬タンパク質の解析については、本来の計画では膜タンパク質の解析に先立つ可溶性タンパク質での実証的研究と位置付けていた。これに対して予想外に、昨年度のNMR解析の結果から、硫黄運搬タンパク質であるTusEにおいて、硫黄修飾に依存した機能的な構造変換が行われている可能性が初めて明らかとなってきた。リン酸化などと比較して化学的安定性の低い硫黄修飾は、細胞内において精緻な情報伝達機構を担うことができるのか、という問いは、硫黄修飾研究において根本的な問いである。TusEを題材とした硫黄修飾依存的な構造変換と修飾状態の安定性の相関的解析は、このような本質的な問いに対して回答を与える重要な事例的研究と位置付けられる。
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Strategy for Future Research Activity |
令和2年度に開発した高分子量観測NMR技術であるN-CRINEPT法については、令和3年度以降、脂質二重膜環境に再構成した膜タンパク質に適用することで膜貫通領域の硫黄修飾状態の変化に伴う機能制御機構の解明を行うとともに、NMRシグナルの帰属や運動性解析を可能とするさらなる技術的な展開を行う。当該技術は、上述のように硫黄研究のみならず幅広い応用可能性を有しているため、例えばバイオ医薬の高次構造に基づく品質評価法の実現など、基礎科学に留まらない広範な社会的ニーズへの拡大も企画する。 硫黄運搬タンパク質の硫黄化修飾状態に依存した構造制御の研究については、これまでのNMR解析から得られた知見をもとに合理的に作成した、構造平衡に変調をきたした変異体を用いて、大腸菌におけるin vivoの発現系解析を行う。硫黄修飾状態を保護する構造変化の大きさ・強さと、大腸菌細胞内における硫黄化修飾状態の安定性並びに硫黄運搬効率の相関を調べることにより、当該構造変化の生理的意義を示すことを目標とする。大腸菌細胞内における発現解析を行うための内在性TusE破壊株は既に入手済みであり、野生型との生育速度比較など予備的な実験は完了している。今後、TusE変異体を外部から導入することによる発現系の回復度合いの解析を予定する。当該硫黄運搬系の最終産物であるtRNAの硫黄修飾は大腸菌の生育速度を規定することが知られているため、tRNAを抽出し質量分析により硫黄化修飾効率を定量するとともに、簡易的に生育速度の解析を行うことにより、硫黄修飾に伴う構造変化の生理的意義を多角的に検証することとする。
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Causes of Carryover |
当該年度は新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、所属研究機関が置かれている東京都に複数回にわたり緊急事態宣言が発出されたため、所属研究機関においては当該宣言に合わせて研究員に対しテレワーク等の対応を推奨した。このような背景から、実験を伴う研究業務の実施可能量が通常に比して大幅に制限されたため、本研究課題における実験の量も必然的に制限せざるを得ない状況となった。本研究課題において受給する研究費の使途の大半は実験の遂行に必要となる試薬等であるため、実験量の制限に応じて実験に使用する試薬等の調達も通常に比して少量となった。このことが、当該年度における支出額が支給総額を下回り、次年度使用額として繰り越されたことの主たる理由である。
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