2019 Fiscal Year Research-status Report
終止コドンリードスルーによる酵素局在の変化とナンセンス変異遺伝病の治療
Project/Area Number |
19K07403
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Research Institution | Jichi Medical University |
Principal Investigator |
鴨下 信彦 自治医科大学, 医学部, 講師 (90302603)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | サプレッサーtRNA / RNAウイルス / 終止コドンリードスルー / ナンセンス変異遺伝病 / 翻訳開始 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、昆虫RNAウイルスPSIVの翻訳終止コドンリードスルーの分子遺伝学的な解析(RNA. 2019; 25(1): 90-104) に基づき、申請者がリードスルー増強剤として着目してきたサプレッサーtRNAを用いて終止コドンを翻訳し、翻訳終止コドンが関与する様々な病態を解析する研究である。当初標的終止コドンが遺伝子本来の終止コドン(正規終止コドン)もしくはコード領域(早期終止コドン)に存在する2通りの研究を計画した。年度途中でC型肝炎ウイルスHCVが翻訳中のリボソームの80S複合体を奪って翻訳を開始するとの報告があり(Mol Cell. 2019; 74(6):1205-1214)、開始tRNAを使用しない翻訳機序の存在を疑い、HCVのinitiator AUG (開始コドン)を標的終止コドンに変換した遺伝子の研究も進めた。
1. 正規終止コドンの翻訳終結が緩むことで生じるPSIV複製酵素のリードスルーについて、計画の出発点となった論文の改訂内容を、国内学会で発表した。国内研究者より、動物以外のウイルスでも同様の機構が存在するとの指摘を受けた。米国のトリパノソーマ研究者から、PSIVの属するトリアトウイルスの自然宿主については、利用している培養細胞はなく、昆虫個体を使用した実験であれば可能との情報を得た。 2. 翻訳伸長が終止コドンにより阻害されるナンセンス変異遺伝病について、生物学的リードスルー製剤の代表であるサプレッサーtRNAを、複数アミノ酸種に拡張できないか検討した。先行研究とヒトゲノムデータベース情報を元に、幾つかのヒトtRNA遺伝子のアンチコドン部位に標的終止コドンに相補的な変異を導入し、培養細胞中で発現させた。活性が高いものは、過去に使用したtRNAと同等の活性を示した(未公表)。 3. 翻訳開始について、内部認識開始機構を使用した実験を再開している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
リードスルー酵素の局在解析については、発現系の選択が進まず、遅れが否めない。しかし、難航必至と予想していたサプレッサーtRNAの拡張に向けた研究が簡単に進んだことと、長い間、深く切り込めなかった翻訳開始の研究を、本格的に行う環境が整ったことの2点を加味し、上記評価とした。
リードスルー増強剤の中で、生物学的製剤の筆頭に挙がるサプレッサーtRNAは、申請者が論文・情報を集めた限り、高等動物の個体レベルで維持することは非常に困難、ある場合は不可能というものであった。しかし、2019年度の進捗からは、少なくとも培養細胞で活性を持つものは、比較的容易に作製できた。ナンセンス変異遺伝病の元のアミノ酸は様々であるから、サプレッサーtRNAの拡張は重要であり、治療可能性に向けて明るい展望が得られた。 翻訳の開始は、生物ドメインにより要求するタンパク質因子(翻訳開始因子)群が異なり、唯一共通で使用される開始メチオニンtRNAについても、塩基・アミノ酸修飾や塩基配列の種差が大きい。ヒトの開始因子・tRNAは、外界刺激に応じて様々な抑制や活性化、発現量の調節を受けることから、適切な翻訳開始は生命と健康の維持に必須の機構と信じられている。昆虫RNAウイルスのPSIVは、このような開始因子・tRNAを一切使わない翻訳「開始tRNAを使用しない翻訳」を行うことで注目され、申請者はヒトのセリンtRNAに由来するサプレッサーtRNAを使用し、哺乳動物細胞でこの翻訳が起こることを報告した(Mol Cell. 2009; 35(2):181-90)。しかし、ヒトをはじめとする哺乳動物本来の遺伝子やウイルスでこの翻訳が起こるかは現在も不明のままである。80S複合体を解析した国内グループの報告は、C型肝炎ウイルスにこの機構が存在する可能性を示し、tRNAを導入して細胞中の活性を検証するに値すると考えた。
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Strategy for Future Research Activity |
サプレッサーtRNAの検証容易性が示されたので、ナンセンス変異遺伝病の元のアミノ酸に対応したtRNAを、さらに設計、準備する。一方で、この結果はサプレッサーtRNAがヒトの生活史のどこかで毒性を持つことを否定するものではないので、tRNA導入後の細胞毒性については十分に注意しながら研究を進める。 研究遂行上の課題として、新型コロナウイルスSARS-CoV-2感染症が世界的なパンデミックとなり、既存の社会・研究のサステナビリティーに大きな変容が迫られ、かつ、本書類作成時点で誰もパンデミック終息に向けた見通しを立てられない点が挙げられる。 本研究課題はプラス一本鎖RNAウイルスのポリメラーゼ・プロテアーゼを扱い、SARS-CoV-2の創薬対象と接点が存在する。しかし、対象のジシストロウイルスは、エンベロープを持たず、近縁のピコルナウイルス科ポリオウイルスの知見に基づけば、タンパク質発現の戦略やRNA合成部位の構造に関して、コロナウイルスとの間に埋めがたい隔たりが存在する。一方で、同じプラス一本鎖RNAウイルスの中で、C型肝炎ウイルスの属するフラビウイルス科のウイルスは、エンベロープを持ち、感作個体での抗体依存性感染増強が報告されたウイルス種が存在するなど、コロナウイルス科のウイルスとの類似点が存在する。また、ポリメラーゼ・プロテアーゼについては、すでに構造解析に着手している国内外のグループのデータを検討した後に再計画することで、より詳細な解析が可能と考えられる。 そこで、今年度のRNAウイルス部分のウェット実験については、フラビウイルス科のウイルス研究を優先して進める。感染が社会に変容を迫る問題の本質は、パンデミックよりも重篤化にあるはずで、終止コドンリードスルーよりも翻訳開始を対象としてウェットデータを集める方が、少しでも重篤感染の病態に迫れると考えるからである。
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Causes of Carryover |
予定していた実験に使用する試薬・細胞培養器具を所属研究室の試薬・器具で代用できた、待てる試薬はディスカウントを狙って購入した、酵素局在研究が放射性同位元素標識化合物実験まで進めなかった、予想外に早くサプレッサーtRNAが作製できてその分の費用が浮いた、など複数の理由による。 放射性同位元素標識化合物など、2019年度に購入を見送った試薬の購入に充て、有効利用する。
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Research Products
(1 results)