2019 Fiscal Year Research-status Report
「私に近づくあなたは誰?」~嗅覚を介した社会的動機づけの形成機構の解明
Project/Area Number |
19K07805
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Research Institution | Dokkyo Medical University |
Principal Investigator |
甲斐 信行 獨協医科大学, 医学部, 助教 (50301750)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 社会的動機づけ / 社会性記憶 / 記憶固定化 / 記憶の上書き / 捕食者 / フェロモン / カイロモン / 前嗅核 |
Outline of Annual Research Achievements |
コミュニケーションの場において、個体が相手からの情報をもとに自らの行動を変化させたり相手を記憶しようとしたりする社会的動機づけが形成されるメカニズムは、まだよく分かっていない。本研究ではラットを用いて、嗅覚情報の処理に関わる前嗅核を含めた神経回路が、社会的動機づけと社会性記憶の形成に果たす役割の解明に取り組む。これまでに報告者は、セロトニン神経の破壊とドパミン補充の両方の処置を受けたラット(モノアミン処置ラット)が他の個体に対して、捕食者に示す反応に似た強い忌避行動(ジャンプや逃走)を示すようになり、その際に前嗅核の神経活動が増加することを見出している。当該年度においては、モノアミン処置ラットが侵入者ラットに示す忌避行動に関連して神経活動が亢進する脳領域の網羅的な解析を行った。侵入者と出会った後のモノアミン処置ラットにおいて、神経活動の指標となるc-Fosタンパクの陽性細胞数の多い脳部位を調べた結果、前嗅核の中でも特に腹側尾側部(AOVP)において顕著なc-Fos陽性細胞数の増加が認められた。また、捕食者の刺激に対する防御行動の表出に関わることが知られている視床下部から中脳にかけての脳部位においてもc-Fos陽性細胞数の有意な増加が認められた。さらに、AOVPを興奮性神経毒の注入により破壊されたモノアミン処置ラットでは、侵入者に対する忌避反応が非破壊群に比べて減弱することを見出した。以上の結果をまとめて、英語原著論文として国際誌に投稿し、現在査読中である。また、これに並行してAOVPのc-Fos陽性ニューロンの生化学的性質の解析を各種マーカー蛋白質との2重免疫染色法により行った。その結果、c-Fos陽性ニューロンは抑制性の介在ニューロンではなく、興奮性の投射ニューロンである可能性が示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
論文の投稿準備を行い、また当該研究内容について同僚研究者との議論を重ねる過程で、研究目的に沿った高い成果をより効率よく得るために、当初の研究計画調書に記した研究方法や計画について、その順番や手法を練り直す必要性を感じた。その改訂を論文の執筆と並行して進めたため、具体的な研究の進捗はAOVPのc-Fos陽性細胞の神経化学的性質を調べる予備的な実験にとどまった。このため当初予定していた行動実験は行えず、自己点検による評価は上記の通りとなった。ただし当該年度における上記の議論や考察に基づく当初計画からの向上点は、今後の研究の推進方策の制定に生かされている。
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Strategy for Future Research Activity |
当該年度以降は、以下の番号順に研究を遂行する。(1)侵入者の刺激によってモノアミン処置ラットでc-Fos陽性になるAOVPの細胞(以下AOVP細胞)の神経化学的特長をより詳細に検討するとともに、この細胞が脳内のどこに投射しているのかを明らかにする。次に(2)では(1)の結果をもとにAOVP細胞を脳内光刺激により選択的に活性化または非活性化できるラットを作成し、光刺激時の侵入者ラットに対する反応を調べてAOVP細胞の活動性が忌避行動を起こす社会的動機づけに関わることを示す。(1)と(2)の結果を論文に発表する。次に(3)では、これまでのモノアミン処置法にかえてより選択性の高い作動薬や拮抗薬で忌避行動の生起を確認することで、忌避行動に関わるモノアミン受容体のサブタイプを同定する。また、これらの作動薬と拮抗薬の組み合わせでAOVP細胞の活性化を確かめる。さらに(2)のAOVP細胞の活動性を制御できるラットで、上記作動薬と拮抗薬による忌避行動を光刺激で制御できることを示す。次の(4)では、捕食者の刺激や警戒フェロモンに対するAOVP細胞の反応性を調べる。また、この細胞の活性化が居住者・侵入者テストの侵入者で起きているかどうかを調べる。また、複数のラットを1つのケージで飼育したラットで、この細胞を刺激してケージメイトに対する社会性行動の変化を調べて、社会性記憶が上書きされることを確かめる。最後に、(3)の結果に基づき、AOVP細胞の活動制御に関わるモノアミン神経細胞の存在部位と投射先を同定し、各モノアミン神経の活動を光刺激で制御できるラットを作成して、これらの神経路の選択的な制御によりAOVP細胞の活性化及び社会的動機づけの変化、社会性記憶の上書きが起きることを行動実験で確かめる。この(3)と(4)の結果を合わせてトップジャーナルに発表する。
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Causes of Carryover |
本課題の開始時において、経年劣化による故障と消耗品の欠品が予測された実体顕微鏡と脳定位固定装置の購入を2019年度に予定していたが、当該装置が故障なく現在も使用中のため、当該施設備品の購入を2020年度に繰り越す。また、光刺激で神経活動を誘発するために用いる光刺激装置(テレオプト)については、2020年度に行うAOVP手術の手技が安定した時点で購入する予定である。
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