2020 Fiscal Year Research-status Report
駿河湾の生物生産に対する富士山系地下水の化学的影響
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19K12355
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Research Institution | Shizuoka University |
Principal Investigator |
宗林 留美 (福田留美) 静岡大学, 理学部, 准教授 (00343195)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 食物連鎖 / 栄養塩 / 生物生産 / 一次生産 / 微生物 / エビ類 |
Outline of Annual Research Achievements |
富士山系地下水による駿河湾の水柱一次生産への影響を明らかにする目的で、富士山系地下水を起源とする柿田川の水を駿河湾の河口付近の海水に添加して培養実験を行った。その結果、台風通過直後で河口付近の塩分が0に近い状態では、柿田川の水が加わることで河口域の一次生産が抑制され、富士山系地下水以外からの栄養塩の供給が甚大であることを示した。しかし、超純水を添加した場合と比較すると柿田川の水は一次生産を増大させており、河川の増水時でも栄養塩の供給媒体として富士山系地下水が駿河湾の生物生産に一定の役割を果たしていることがわかった。 この実験により増水時における河川水の重要性が示唆されたことから、駿河湾の生物生産に対する河川水の寄与が沖合域にも及んでいる可能性を明らかにする目的で、駿河湾沖合域の微生物群集の現存量の季節変動を調査した。海面付近では、植物プランクトンの現存量が春と秋に多く、夏に少なかったのに対し、微生物食物連鎖を構成する原核生物、従属栄養性ナノ鞭毛虫、繊毛虫の現存量はいずれも6月(夏)に最大であった。6月は海面付近の塩分が低かったことから、河川水の大量流入により付加された陸起源有機物が微生物食物連鎖を駆動し、その結果、増殖した繊毛虫が動物プランクトンに捕食されることで一次生産が低い夏季の沖合域の生態系が維持されていると考えられた。 駿河湾に特徴的なサクラエビなどのエビ類の生理状態と食性の把握を目指して、それらが有する赤い色素であるアスタキサンチンを調べた。アスタキサンチンは異性体により抗酸化力が異なることが指摘されており、鏡像異性体については餌の鏡像異性体の組成を反映している可能性がある。予備調査の結果、サクラエビなど複数の十脚目で、抗酸化力が高いとされる3S, 3'S体のアスタキサンチンの割合が9月に高く、餌の動物プランクトンの鏡像異性体の組成と矛盾しないことがわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
駿河湾の生物生産について多様な生物群の知見を得ることができた。昨年度は、駿河湾の主要部である沖合域で主要栄養塩の動態を調べ、春季に表層の窒素:リン比が上昇し、その後低下して夏季に低い状態を維持する季節変動を繰り返していることを明らかにし、この現象に珪藻の増殖と休眠胞子の形成が関与していることを培養実験で示した。今年度は、一次生産が低い夏季に微生物が増えることで沖合域の生態系が維持されていることと、沖合域の微生物の増殖に河川が関係している可能性が高いことを示した。また、駿河湾に特徴的なサクラエビなどのエビ類について予備調査を行い、エビ類の赤い色素であるアスタキサンチンの異性体組成が季節・性・種・卵と親で異なることと、鏡像異性体の組成に餌生物の影響が考えられることがわかった。 富士山系地下水については、これを起源とする柿田川や、富士山以外で涵養した地下水も含む黄瀬川を支川とし、駿河湾東部の最大流入河川である狩野川で調査を行った。昨年度は、柿田川が狩野川下流の一次生産を平水時に増強し増水時には影響しないことに加え、黄瀬川が柿田川と比べて窒素の栄養塩と、鉄、マンガン、亜鉛が豊富であるのに対し、柿田川がバナジウムとケイ酸の濃度に富む極めて特徴的な水質であることを明らかにした。今年度は、柿田川と狩野川河口域を対象とした培養実験を行い、台風通過直後の狩野川の増水時に富士山系地下水が河口域の一次生産に対して栄養塩の供給媒体として寄与するものの、一次生産を抑制することを明らかにした。 一方、富士山系地下水の定量化の手法確立と一次生産以外の生物生産との関係の調査には着手できなかった。従って、申請時の計画よりも進捗状況が若干遅れているが、狩野川水系と駿河湾の両方で予想を上回る成果を上げられたことから、おおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
狩野川や駿河湾などの現地で富士山系地下水を判別することを目指し、富士山系地下水の特徴的な指標であることがこれまでの調査で明らかとなったバナジウムに着目して、簡易分光光度計を主体とした現場型バナジウム分析計を作成する。具体的には、近年の先行研究を参考にバナジウムに特異的に配位して発色する有機化合物を合成し、その発色の強さを簡易分光光度計で測定してバナジウム濃度を大まかに把握する測器を作成する。その際、簡易分光光度計にフローセルとポンプを組み合わせることで、高い時空間解像度での調査ができるようにする。 今年度に行ったサクラエビなどの小型遊泳性エビ類の予備調査により、エビ類のアスタキサンチンの異性体組成が季節変化し、その要因の一つとして餌の動物プランクトンの種構成の季節変化が関与していることが考えられた。動物はアスタキサンチンを体内で完全合成できず、海産動物プランクトンの場合、植物プランクトンを捕食して得たカロテノイドを酵素によりアスタキサンチンに変換する。従って、動物プランクトンにおけるアスタキサンチンの異性体組成の変動は、動物プランクトンが捕食した植物プランクトンが有するカロテノイドの組成の変動、つまり、植物プランクトンの種構成の変動を反映しているかもしれない。そこで、植物プランクトンの種構成と植物プランクトンが有するアスタキサンチンの前駆体となるカロテノイドについて調査を行い、富士山系地下水によるそれらへの影響を解明することで、サクラエビなどの小型遊泳性エビ類への富士山系地下水による寄与を明らかにすることを目指す。
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Causes of Carryover |
今年度は、バナジウムの測定を行うために用いることを計画していた反応系に合う光学系を入手することができず、現場型バナジウム分析計を制作できなかった。しかし、今年度後半に別の反応系が考案されたことで、既存の光学系を利用できる見通しが立った。 そこで、今年度の予算の内、現場型バナジウム分析計の制作費として計上していた分を次年度に繰り越す。現場型バナジウム分析計の制作に必要な部品は何れも50万円を超えないことを市場調査から予想している。
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Research Products
(3 results)