2020 Fiscal Year Research-status Report
ケアの倫理の再定位をめざす研究:ネオ・リベラリズムに対抗する公的規範として
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19K12620
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
岡野 八代 同志社大学, グローバル・スタディーズ研究科, 教授 (70319482)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ケアの倫理 / 民主主義論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、歴史的に女性たちが中心に担ってきたケア・ワーク――育児・看護・介護など――の実践から紡ぎだされた倫理が発見した「相互依存する人間の脆弱性」という概念から、ネオ・リベラリズム的競争社会・安全保障化(securitization)される社会に代わる、ケアを中心とした民主的社会の構想を目的にしていた。その目的にそって、1.ケアの倫理を公的規範として再定位させること、2.すでに確立しつつある国際的なケアの倫理研究ネットワークに参加し、世界的なケアの倫理への注目の意義と背景を考察することを研究内容にしてきた。 しかしながら、2020年度は、新型コロナ・ウィルスの影響から2.の研究が大幅に遅れた。とはいえ、まさにコロナ禍のなかで注目を浴びるようになったエッセンシャル・ワーカーの多くが育児・介護・看護・家事といったケア活動に従事していることから、ネット上で多くの国際的なシンポジウムが開催され、ケア関連研究者たちのメーリング・リストで、多くのケア問題をめぐる情報がやりとりされ、申請者もそこに参加し、各国におけるケアワークへの最重点化を求めるシンポジウム等にも参加した。 1.の研究内容については、「ケアの倫理は、現代の政治的規範たりうるのか?」(『思想』1152号)において、80年代以降の政治理論における倫理への回帰といった現象のなかに、ケアの倫理へのフェミニスト理論家たちの着目を位置づけ、政治理論において、一般的で普遍的な社会規範を掲げる「道徳」ではなく、周辺化された個別具体的な声から社会変革を模索する「倫理」の一つの形態がケアの倫理であったことを論証した。また、合衆国の政治理論家であるジョアン・トロントとの共著『ケアするのは誰か?--新しい民主主義のかたちへ』(白澤社)では、これまで不可視化されてきたケア実践を中心に、民主主義論を再考した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述したように、2020年度は予定されていた海外での研究発表、海外の研究者たちとの国際交流ネットワーク作りがまったく行うことができなかった。しかしながら、本来予定されていた、ケアの倫理を公的な社会規範として鍛えあげるという目標は著作を公刊することで果たされた。また、拙著『ケアするのは誰か?』は、政治思想・フェミニズム理論を専門とする研究者だけでなく、より広く医療関係者、介護・看護・保育といった実践にかかわる方にも手にとってもらい、一定の社会的認知を得た。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は引き続き、国内外での研究発表は主にオンラインとなる予定である。国際的なネットワーク作りはオンライン上では、個別にシンポジウム参加者と出会うことができないので難しいが、次年度は国内におけるケア研究者との分野を越えての交流に努めたい。したがって、オンラインでのシンポジウムなどを企画する予定である。また、理論研究は、コロナ禍においてケア実践とケアの倫理への注目が高まったこともあり、国際的に多くのケアをめぐる研究論文や著作が刊行された。次年度は、そのなかでもケア実践を人間のあらゆる生活領域(家族・コミュニティ・政治・経済・グローバル社会)での中心的で貴重な営みとして捉え、新自由主義的な国家政治に対抗する政治様式を見出そうとするThe Care Manifesto(Verso,2020) の刊行をめざす。また、本研究課題のもう一つの目的である、ケアの倫理をしっかりとフェミニズム理論史のなかに位置づける研究を発表する。
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Causes of Carryover |
2020年度は、フランス、カナダ二つの国際シンポジウム参加が予定されていたが、両者ともに開催中止となった。また、国内研究会もなくなり、予算を使用することができなかった。 次年度もまた、当初予定していた海外での資料収集ができる見込みがなく、海外のシンポジウムもすべてオンラインでの開催となっている。したがって、本研究課題は1年延長を願い出て、2022年度にも継続して同研究を行っていく予定である。 次年度の研究内容は、主に文献研究に集中し、支出は物品と資料整理のためのアルバイト代のみの支出となる予定である。
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