2019 Fiscal Year Research-status Report
放射光赤外磁気円二色性分光による有機伝導体のスピン状態解明
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19K12639
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Research Institution | Japan Synchrotron Radiation Research Institute |
Principal Investigator |
池本 夕佳 公益財団法人高輝度光科学研究センター, 分光・イメージング推進室, 主幹研究員 (70344398)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
佐々木 孝彦 東北大学, 金属材料研究所, 教授 (20241565)
井口 敏 東北大学, 金属材料研究所, 准教授 (50431789)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 赤外放射光 / 赤外磁気円二色性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、赤外顕微磁気円二色性装置を開発し、分子伝導体試料などの二色性スペクトルを通して、スピン状態を解明することを目的としている。赤外放射光の広帯域・高輝度特性を活かした顕微分光と強磁場円二色性測定を組み合わせた他に例のない装置である。測定対象とする分子伝導体は、強い電子相関によって磁性、伝導性が相関した多彩な物性を示す。それらの電子物性を担う分子軌道バンドはほとんど可視光以下のエネルギー領域にある。従って、赤外スペクトル測定は非常に重要であるが、試料サイズが1mm以下と小さいため、光学的手法は高輝度赤外放射光を利用した顕微分光が威力を発揮する。これに加え、本研究で開発する赤外顕微磁気二色性装置で分子導体試料の測定を行うことにより、スピン状態とそのエネルギーに関する情報も得られ、電荷、スピン状態を総合的に議論できるようになると期待される。 赤外線領域の放射光は偏向電磁石から得られているが、電子軌道面の上・下方向に放射される光が逆向きの円偏光特性を持っている。本課題代表者の池本は、この円偏光を利用した赤外円二色性分光の試験測定を行った経験があるが、試料上でのビーム位置変動などの影響により、赤外円二色性に必要な精度を達成することが難しいことがわかった。そこで精度の高い測定を行うために、本研究では、光弾性変調機 (PEM)を利用した変調分光二色性スペクトルを測定する。2019年度は、当初予定通りPEMを導入し、分担者の佐々木・井口とともに、顕微分光装置に組み込む光学系の構築を行なった。また、PEMの動作確認と、二色性を持たない試料についてデータ解析手法を検討した。さらに、顕微鏡内に組み込まれている多数のミラーについて、これらによって反射された赤外光の円偏光特性が変化しないかどうかの検証も行った。本年度の実験は、今後有機導体試料の測定を行う上で基礎となる非常に重要な確認事項である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
最終的な装置のレイアウトは、大型放射光施設SPring-8の赤外物性ビームラインBL43IRに設置されている磁気光学ステーションを利用して構築する予定である。2019年度は、新たに導入した光弾性変調機 (PEM)を利用した基礎的な情報を獲得するために、まず、BL43IRの顕微分光ステーションに設置した。このステーションは磁石系からは切り離されており、磁場はかけない基礎実験を行った。実験は全て分担者の佐々木・井口とともに行なった。偏向電磁石から放射された赤外放射光を実験ステーションに導き、フーリエ変換分光光度計(FTIR)を経たのちに、顕微鏡に入射する。FTIRはBRUKER社製IFS120HR、顕微鏡は分光計器製で8倍のシュバルツシルトミラーを使用した。FTIRのビームスプリッターはKBr、顕微鏡測定配置は透過とし、検出器は、中赤外領域分光に最も良く利用されるMCT (HgCdTe)検出器を利用した。PEMは顕微鏡の上流で、放射光が平行光となっている位置に設置した。BaF2基板のワイアーグリッド偏光子を、PEMの直前と、顕微鏡下流の検出器前に設置した。PEMの偏光切り替えの速度は、ファンクションジェネレーターで得られる50kHzのサインカーブを使用した。これに対してFTIRの進行取り込み速度は20kHzとして、二重変調測定を行なった。周波数の差が十分あるため、PEMの左右円偏光の差分信号をロックインアンプで抽出し、ロックインアンプからの出力をFTIR制御系に入れることで、スペクトルを得た。検出器前の偏光子角度や、ロックインアンプで取り出す成分のほか、MCT検出器の種類など様々なパラメータを変えながら測定を行い、二色性スペクトルを抽出する条件設定を確定して、基礎的な測定を行なった。また、PEMから検出器に至る光路中に設置されるミラーや窓材などの影響についても検討を行なった。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、PEMを磁気顕微分光ステーションに導入し、2019年度に取得した基礎データを参考に実験を行う。実験は全て分担者の佐々木・井口とともに行なう。PEMは磁気顕微分光ステーションの上流で放射光が平行光になっている位置に設置する。試料ホルダーにAuなど二色性が出ない試料を設置して、スペクトルに構造が生じないことを確認する。また、近赤外領域に磁気円二色性が既知の測定試料を磁報告されているCo/MgOなどを利用して、装置の調整とデータの解析環境の整備を行う。AuとCo/MgOの測定の際には、磁場を印加したり、試料をクライオスタット中に設置したりして、PEM装置に対する磁場の影響や、クライオスタットの窓材がスペクトルに及ぼす影響などを評価する。その後、本課題の中心課題である分子伝導体のkappa-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Clを測定する。低温で磁場を印加して磁気円二色性スペクトルを測定し、電荷とスピンの関係を総合的に解析する。 実験計画において問題が生じる可能性がある1点目は、2019年度に行なった二重変調測定を行うところであったが、必要な測定ができることを確認した。2点目は14 Tまでの高磁場を印加した際にPEM装置に影響が生じる可能性である。これが問題と判断される場合には、少しずつ超伝導磁石から距離を離してPEM設置し、影響が及ばない場所に設置する。3点目は二色性信号が非常に微弱な可能性である。微弱な信号検出のためには、測定感度を上げる必要があり、光電流型のMCT検出器よりも感度が高い光起電力型のMCT検出器を利用したり、適切な波数領域を切り出す光学フィルターの使用により検出器の飽和を抑制したりして、微弱な信号測定が可能となる対策を施していく予定である。
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Causes of Carryover |
当初予定では、光弾性変調器(PEM)を2019年度からすぐに磁気光学ステーションに組み込む予定であったが、PEMの基本的な動作確認やデータ解析手法を確立するため、顕微鏡内の光路が比較的単純な顕微分光ステーションに設置して実験を行なった。次年度において磁気光学ステーションにPEM装置を組み込むための治具製作費用として使用する。
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