2020 Fiscal Year Research-status Report
外国人の一時的受け入れ政策と非正規滞在者の強制送還政策の倫理学
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19K12937
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
岸見 太一 早稲田大学, 政治経済学術院, その他(招聘研究員) (40779055)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 一時的外国人労働者 / 非正規滞在者 / 強制送還 / 人の移動の政治理論 / 移民の倫理学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の課題は、外国人の一時的受け入れ政策と非正規滞在者の強制送還政策という一体的に運用される二つの政策は、(i.)いかなる規範的制約に服するべきなのだろうか、(ii.)その規範的制約のもとでは、どのような施策が許容され、どのような施策が制限されるのだろうか、(iii.)特に日本においては、どのような施策が許容されどのような施策が制限されるのだろうか、という三つの問いの探求である。 第2年目である2020年度においては、特に上記(iii.)に関して大きな研究の進展があった。7月に発表した『思想』における論考では、日本の技能実習制度と特定技能制度に焦点をあてた論考を行った。この論考では、21世紀の一時的受け入れ政策である技能実習制度・特定技能制度と、19世紀の一時的受け入れ政策である年季契約労働者制度との類似性を指摘した。これらの比較を元に、雇用関係の正当性に関する政治理論上の議論の蓄積に訴えることで、外国人一時的労働制度は、外国人労働者が国家によって雇用主に対して脆弱な法的地位に置かれているときに不正となることを論証した。この論考では、2019年度に行った学際的な研究会での報告や議論の成果を元にして、政治理論・国際社会学・歴史学を横断する学際的なアプローチを展開した。この論考は、南山大学社会倫理研究所・社会倫理研究奨励賞を受賞するなど、一定の評価を得た。 当該年度には他に、強制送還政策の正当性に関わる学会報告を、移民政策学会と国家論研究会で行った。いずれも法学や社会学を初めとする学際的な場所での報告であり、政治理論的な論考を多角的な観点から精査する絶好の機会となった。また、コロナ禍のなかでも、昨年と同様に、行政法・国際人権法・国際難民法の研究者、および弁護士との合同研究会を2020年9月にオンラインで実施することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ禍の影響を受け研究発表の計画に一部影響はでたが、おおむね順調に研究を遂行することができた。 2020年度は、前年度に得た19世紀の移住労働者と現代の移住労働者の境遇が類似しているという着想を展開し、上述の『思想』に掲載された論考として発表した。この論考に対して、これも既述のとおり、社会倫理研究奨励賞を受賞した。 また、入国管理行政におけるデジタル監視技術の仕様についての体系的なサーベイも行った。デジタル監視技術は、コロナ禍における感染症対策としても用いられたが、従来から強制送還政策において導入が試みられてきたものである。デジタル監視技術は、入国管理が各国人おいて懲罰的な側面を強めてきたことと軌を一にしてきた導入されてきた。2020年度においては、この現象を規範的に考察するために予備的な研究を行うことができた。 研究報告に関しても、2020年度も前年に引き続き、人の移動に関わる学際的な場で報告をすることができた。5月には、移民政策学会で、人の移動の政治理論についてのパネル報告を行い、社会学の西原和久氏をはじめとする多くの参加者からコメントをもらうことができた。また、9月には、昨年と同様に強制送還政策を専門とする研究者・実務家との共同研究会を開催した(2020年9月3日、9月5日、報告者に加えて、坂東雄介氏・小樽商科大、小坂田祐子氏・中京大学、高橋済氏・弁護士、加藤雄大氏・東北医科薬科大学、宮井健志・日本国際問題研究所、柴田温比古氏・東京大学大学院が参加)。さらに12月の国家論研究会、3月の社会倫理研究奨励賞の受賞記念講演の場でも多くの意見交換をすることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度までの研究において、外国人の一時的受け入れ政策と非正規滞在者の強制送還政策のそれぞれについて一定の成果を得ることができた。2021年度には二つの政策の連関に焦点をあてた研究を遂行する。特に予防原理と比例原理、当事者の観点の二つの点に着目する。 ■予防原理と比例原理 入国管理政策における重要な特徴のひとつは、関連するアクターや要因が多いため、外国人人口の増加・減少の影響を事前に予測することな困難ことである。つまり、受入国は不確実状況下において政策決定をすることが要請されている。この特徴をふまえれば、強制送還政策の正当性に関連して、二つの立場がある。 一方の立場は、状況の不確実状性を重視するものである。入管政策の影響が不確実なのであれば、不可逆的かつ重大な損害が生じることを回避するために、たとえ大きな社会的コストが生じても、必要な予防的措置をとることが正当化される。これは「予防原理」を重視する立場である。他方の立場は、予防的措置において国家が個人に対して課す強制の程度を重視する。公共政策上の目標と個人に対してなされる強制措置とは釣り合いがとれてなければならず、特定の個人に過度の負担が課されるものであってはならない。これは「比例原則」を重視する立場である。これら二つのどちらがより説得的であるかを、現在の入国管理に関わる具体的文脈に則して解明する。 ■当事者の観点 当事者の社会的経験への着目という点については、近年哲学分野で関心が高まっている認知的不正議論および批判的人種現象学の研究成果をふまえた、一層の分析を試みる。2020年には、アメリカにおいて非正規滞在者へのインタビューと政治理論研究を組み合わせた野心的な研究も発表されている。本研究はこの研究も参照しながら、日本の非正規滞在者、とりわけ外国人労働者の社会経験が、規範的な考察においてどのような役割を果たすかを明らかにする。
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Causes of Carryover |
国内外での研究報告を旅費として計上していたが、コロナ禍の渡航制限・自粛の影響により計画を変更せざるをえなかったため次年度に一部を繰り越した。
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