2019 Fiscal Year Research-status Report
ハイデッガー「黒ノート」におけるユダヤ問題の研究――形而上学批判を基点として
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19K12943
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Research Institution | Tottori University |
Principal Investigator |
田鍋 良臣 鳥取大学, 教育支援・国際交流推進機構, 准教授 (90760033)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ユダヤ教 / イデア / 作為性 / 存在棄却 / 存在史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ハイデッガーの遺稿「黒ノート」に記されたユダヤ教に関する批判的な文言が、歴史的な背景をもった形而上学批判に属することを明らかにし、そこにユダヤ教を擁護する積極的な可能性をさぐることである。令和元年度は、1930年代中盤から40年代初めにかけてなされたフィロンへの言及に依拠して、ハイデッガーのいわゆる存在史的思索におけるユダヤ教と形而上学との関係の解明に取り組んだ。その成果は、以下のように要約できる。 ハイデッガーは、プラトン哲学をユダヤ教の創造神話に結びつけた点にフィロン宗教哲学の歴史的な意義を見る。そこで注目されるのは、プラトンによって存在者の本質とみなされたイデアが、フィロンを通じて神の精神の内に移され「創造思想」となる点である。これは、被造物としての存在者という宗教的な規定が、哲学的に根拠づけられたことを意味する。さらにイデアは、時代の経過とともに、デカルトを通じて人間の精神の内に移動し、近代的な自我・主観が作り出す客観的な表象・観念となる。 このようにイデアの所在は、神から人間へと歴史的に変遷していくが、存在者が他の存在者(神、人間)による「作り物」として、原因‐結果連関のなかで説明されていることは一貫している。ハイデッガーは、こうした存在者のあり方を「作為性(Machenschaft)」と性格づけ、そこに存在忘却の本質をなす「存在棄却(Seinsverlassenheit)」、つまり「存在に立ち去られてある」という存在史的な事態を見る。 以上から、フィロンの宗教哲学によりユダヤ教と形而上学が結びつくことで、作為性としての存在棄却が歴史的に展開するための基盤が整備された、と言えるだろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和元年度の研究では、ハイデッガーのフィロン解釈のうちに、ユダヤ教と形而上学との結びつきの歴史的な背景をさぐるという当初の課題は達成されたと思われる。他方で、「黒ノート」のユダヤ批判の文言を、形而上学批判の観点から分析するという取り組みも計画通りに進めており、できるだけ早く研究成果を公表するよう努める。 またハイデッガーの形而上学批判を追究するなかで、1930年代中頃に、「形而上学」という概念自体が変容していることに気づいた。この問題は、ハイデッガーの形而上学批判に依拠する本研究の前提にかかわるものと言える。本研究の完成度を高めるためには、この問題の解明にも取り組む必要があるだろう。
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Strategy for Future Research Activity |
令和2年度は、令和元年度の研究成果をもとに、形而上学批判の観点から、ユダヤ教に対するハイデッガーのかかわり方を明らかにする。だがこれを十全に遂行するためには、その前提となる「形而上学」概念の変容過程を解明しておく必要がある。そのため、令和2年度は、当初の研究計画を一部変更して、まずはこの問題に取り組む(1)。そのうえで、「黒ノート」に記されたイエス解釈を手がかりに、ユダヤ教および信仰の神に対する存在の思索の積極的なかかわり方を明らかにする(2)。
1. 「形而上学」概念の変容過程を跡づける。 1930年代中頃の「黒ノート」のなかで、ハイデッガーは「別(第二)の始源への移行」を「形而上学(Meta-physik)」と性格づけている。これは、いわゆる前期と中・後期の両方にまたがる思想であるとともに、同時期のヘルダーリン講義(1934/35年冬学期)や「形而上学入門」講義(1935年夏学期)での難解な「形而上学」概念を紐解く手がかりとなる。本研究では、この時期の「形而上学」概念の変容過程をたどることで、形而上学批判がどのように形成されたのかを明らかにする。 2. イエス解釈を手がかりに、ユダヤ教擁護の可能性をさぐる。 本研究は最後に、ハイデッガーの存在史的な思索のうちに、形而上学批判に依拠した、ユダヤ教信仰を擁護する宗教哲学的な可能性をさぐる。その際とくに、「黒ノート」に記されたイエスへの言及に注目する。ハイデッガーはイエスの神経験を「前キリスト教的」と形容するとともに、「形而上学の外部」に位置づける。それは形而上学と結びつく以前のユダヤ教の信仰経験とみなすことができる。本研究では、フィロンの存在史的な位置づけと対比させつつ、「黒ノート」のイエス解釈を分析することを軸に、ユダヤ教および信仰の神に対する存在の思索の積極的なかかわり方をさぐる。
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Causes of Carryover |
次年度使用額(B-A)は70,269円である。これは、昨年10月の研究代表者の異動に伴う状況の変化により、予定していた海外(台湾 Heidegger Circle in Asia)での研究発表を取りやめた旅費分におおむね相当する。この分は引き続き、次年度の旅費に組み入れて使用する予定である。
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Research Products
(1 results)