2021 Fiscal Year Research-status Report
テクノロジー的全体主義の分析:アーレントとヨナスの思想比較を通じて
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19K12974
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
百木 漠 関西大学, 法学部, 准教授 (10793581)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | アーレント / 全体主義 / テクノロジー / ヨナス / マルクス |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年4月に単著『嘘と政治:ポスト真実とアーレントの思想』を出版した。本書は、昨今のポスト真実問題をアーレントの「政治における嘘」を参照しつつ、考察したものである。 共著としては、清原悠編『レイシズムを考える』(共和国)の第11章「「左翼的なもの」への憎悪」、西條辰義・宮田晃碩・松葉類編『フューチャー・デザインと哲学:世代を超えた対話』(勁草書房)の第5章「労働と余暇の未来――ケインズの未来社会論を手掛かりに」を執筆担当した。前者では、現代のレイシズムを駆動するものとして「左翼的なもの」への憎悪があることを90年代以降の言説分析から明らかにした。後者では、ケインズの「孫たちの未来の経済的可能性」を参照しながら、未来における労働とベーシックインカム導入の是非についてフューチャーデザインの観点から分析した。 論文「スマホとデジタル全体主義」(『世界』 946号)は、今日のデジタル技術がわれわれの生全体を捕捉し、未来の選択をも必然的に決定づけてしまうメカニズムを「デジタル全体主義」という概念から論じたものである。「斎藤幸平『人新世の「資本論」』から考える晩期マルクスの思想」(『唯物論と現代』64号)は、ベストセラーとなった斎藤幸平『人新世の「資本論」』について批判的に検討した書評論文である。「抽象的人間労働の歴史的条件について」(『関西大学経済論集』71号 4巻)では、マルクスが歴史普遍的なものとして描く抽象的人間労働は、諸労働から具体的要素をはぎとった抽象的労働という「歴史的普遍」認識が成立するにあたって、そもそも歴史的制約を負っていることをフーコー『言葉と物』を参照しつつ考察した。 政治思想学会での報告「始まりのための嘘:アーレント「政治における嘘」論再考」 では、『嘘と政治』の内容を要約しつつ、アーレントの「政治における嘘」論の現代的意義について報告した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年から書きためてきた『嘘と政治』(アーレントの「政治における」嘘とポスト真実論)を単著として形にすることができた。これによって、今日なぜ再び「政治における嘘」の問題がクローズアップされているのか、それがどのような思想史的意味をもつのかについて一定の見解を示すことができたと考えている。とりわけ、真実を知ったうえであえて嘘をつくという「伝統的な嘘」と、そもそも嘘と真実の区別など大した問題ではないと考える「伝統的な嘘」の対比は今日のポスト真実問題を考えるうえで重要である。 また「スマホとデジタル全体主義」論文では、戸谷洋志との共著『漂泊のアーレント 戦場のヨナス』の最終章で提示した「テクノロジー的全体主義」の問題をさらに発展させることができた。インターネット、スマホ、人工知能、ビッグデータなどのデジタル技術がわれわれの生全体を囲みこもうとする状況に対して、全体主義が人間の複数性と自発性を奪うものだとするアーレントの全体主義論を参照することにより、その問題点を示した。 『フューチャー・デザインと哲学』に寄稿した「労働と余暇の未来」論文では、人工知能やロボットの発達によって人間が労働から解放され、ベーシックインカムによって自由に生きられるようになる、という理想(ルトガー・ブレグマン、井上智洋など)は果たして人間を幸せにするものなのか、むしろ労働することによって一定の社会的関係を保ったり、社会に貢献しているという充足感を得ることができるのではないか、その意味で人間を完全に「労働から解放」することはかえって危険な側面もあるのではないか、という見解を示した。 コロナ禍の影響でドイツのHannah Arendt Zentrumやホロコースト記念館で資料収集を行うという計画は達成できなかったが、そのぶん執筆に時間を割き、多くの論考を発表することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度はまずKEN KRIMSTEINによるアーレントの伝記漫画『The Three Escapes of Hannah Arendt: A Tyranny of Truth』の翻訳を完成させる。2022年5月時点で初校ゲラの段階まできており、2022年内に出版予定である。アーレントの生涯と思想を様々な詩的表現を織り交ぜながら描いており、20世紀という時代を捉えるうえでもユニークな作品となっている。 その次には、橋爪大輝・大形綾とともにKathryn T. Ginesによる『Hannah Arendt and the Negro Question』の翻訳に取り組む予定である。本書は、アーレント思想の裏に隠れた黒人差別意識を告発したことで国際的に話題を呼んだ。アーレント思想とレイシズムの関係を考えるうえでも、本書を翻訳することには大きな意義があると考えている。人文書院から2023年中の出版を目指す。 論文としては、「ポピュリズムと身体的コミュニケーション」(仮題)を『唯物論研究年誌』(2022年10月刊行予定)へ寄稿予定である。今日のポピュリズムにおいては、集合による熱狂や「エモい」スピーチなど、身体と情動への働きかけが重要な要素をなしている。他方、現代のSNSではLINEスタンプやInstagram、TikTokなどコミュニケーションにおける「言語の消滅」が進んでいるのではないかという指摘もある(國分功一郎・千葉雅也『言語が消滅する前に』)。こうした社会現象がどのような政治的影響をもたらすかを、アーレントの活動論を絡めて考察する予定である。 可能であれば、ドイツのArendt ZentrumまたはアメリカのArendt Centerへ出向き、資料収集および海外研究者との交流を行いたいと考えているが、コロナ禍と家庭の状況に鑑みたうえで判断する。
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Causes of Carryover |
ドイツのHannah Arendt Zentrumおよびホロコースト博物館などへの海外出張を計画していたが、コロナ禍の影響により、海外渡航が難しく出張が延期となっている。また国内学会や研究会でも複数回東京や地方へ赴く予定であったが、それも叶わず予算が残る結果となった。2022年度は状況が許せば、海外および東京へ出張したいと考えているが、家庭内の事情もあるため、状況を見ながら判断したい。もし出張が叶わなかった場合は、海外図書の購入などにあて、そのぶん論文執筆や翻訳で多くの成果を出したい。
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