2022 Fiscal Year Research-status Report
テクノロジー的全体主義の分析:アーレントとヨナスの思想比較を通じて
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19K12974
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
百木 漠 関西大学, 法学部, 准教授 (10793581)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 新自由主義 / 全体主義 / テクノロジー / アーレント / ヨナス / フーコー |
Outline of Annual Research Achievements |
論文「新自由主義的な言語観に抗う」では、國分功一郎・千葉雅也『言語が消滅する前に』の議論を手がかりに、現代人がもはや言語を必要としない存在となりつつあるのではないか、その背景には、現代テクノロジーが言語を単なる道具(ツール)として扱い、言語以外の道具(例えば記号やデジタルデータ)で置き換え可能なものにしようとしている状況があるのではないか、という問題を考察した。アリストテレスは「動物たちのなかで言葉をもっているのは人間だけである」と述べたが、現代テクノロジーは人間にとって言語を不要なものとするように働いていると言えるのではないか、という問題提起を行った。 論考「オンライン化で得たもの、失ったもの」では、コロナ禍において学会や研究会のオンライン化が進んだ結果、得たものと失ったものについて考察した。例えば、障害者・病人・介護者・育児者・地方在住者など社会的に弱い(不利な)立場にある人々にとってアクセスの選択肢が広がったことはポジティブな側面であろう。他方で、オンラインでのイベントには「あいだ」や「あと」の時間がないこと、つまり発表の間の休憩時間や隙間時間などに雑談したりする余白がないことがネガティブな側面ではないか、という見解を示した。 論文「経済学はなぜ市場を自然に喩えたがるのか」では、マーティン・ジェイ/日暮雅夫(編)『アメリカ批判理論』で翻訳を担当したプリューシック「新自由主義」の議論にもとづきながら、なぜ経済学が市場を自然に喩えるのか、という問いを探究した。市場競争の結果を自然淘汰の結果と等置することによって、市場主義者たちは現存する格差や貧困を「自然淘汰の結果だから」と説き伏せることができる。そうした新自由主義的統治戦略にわれわれは意識的に抗わねばならない、と結論づけた。 以上のように、現代のテクノロジーが新自由主義的統治や新たな全体主義と結びつく傾向について分析した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
アーレントとヨナスの思想比較を用いて「テクノロジー的全体主義」について分析を行うという当初の目標は、戸谷洋志との共著『漂白のアーレント 戦場のヨナス』(2020)においてひとまず達成されている。「スマホとデジタル全体主義」(2021)では、これを新たに「データ/アルゴリズム至上主義」と「デジタル全体主義」という観点から分析した。また『嘘と政治:ポスト真実とアーレント思想』では、SNSをはじめとする現代テクノロジーがポスト真実的な政治状況(共通世界の消失と政治的分断)をもたらしている状況を考察した。これらの成果を引き継ぎながら2022年度に発表した三つの論考では、現代テクノロジーをそれぞれ「言語の消滅」「雑談の消滅」「擬似的自然の統治」という観点からさらに発展的に分析した。 コロナ禍で海外での資料収集、国際学会報告、海外研究者との交流などがほとんど実現できなかったことは残念でならないが、その分、国内の業績は当初の予定以上にあげることが出来た。 当初計画になかった研究として、アーレントの生涯を描いたグラフィック・ノベル『ハンナ・アーレント、三つの逃亡』と、 Kathryn T. Gines 著 Hannah Arendt and the Negro Questionの翻訳も進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年6月に韓国で開催される「2023 INTERNATIONAL CONSORTIUM OF CRITICAL THEORY PROGRAMS CONFERENCE」に参加し「Post-Truth and Populism」と題する研究英語報告を行う。この報告では『嘘と政治』で執筆した内容をベースとしながら、それをさらに発展させ、ポスト真実とポピュリズムの関係性について、アーレントとホックシールドの議論を参照しながら論じる予定である。この研究報告をもって、コロナ禍で実現できていなかった海外研究実績を作り、本研究の締めくくりとしたいと考えている。その英語報告をいずれかの学術雑誌または紀要に投稿することも計画中である。
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Causes of Carryover |
2022年度もコロナ禍が完全に収まらず、同居家族が健康上に不安を抱える状況でもあったため、海外渡航を実現できなかった。2023年度は6月に韓国で開催される国際カンファレンス「2023 INTERNATIONAL CONSORTIUM OF CRITICAL THEORY PROGRAMS CONFERENCE」に参加し、英語報告を行う予定である。
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