2021 Fiscal Year Research-status Report
ギリシア伝統音楽再編過程の研究:ポリティコ・ラウートを中心に
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19K12980
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
佐藤 文香 東京藝術大学, 音楽学部, 講師 (80632257)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ポリティコ・ラウート(ラフタ) / サズ(バーラマ) / 奏法 |
Outline of Annual Research Achievements |
音楽家が各人の専門楽器の要素をどのようにラフタに取り込んでいるのかについて考察を進めるために、当該年度はサズ(バーラマ)に注目してその奏法等の把握に努めた。現在、ラフタの指導や演奏において中心的な役割を果たしている音楽家ペリクリス・パパペトロプロス氏がサズ(バーラマ)を主な専門楽器としており、氏のラフタ演奏にはサズ(バーラマ)演奏の要素が取り込まれているためである。サズ(バーラマ)の奏法は主にピックなしとピックありの二つに分けられ、ピックを用いない奏法は当初サズ(バーラマ)の基本的な奏法であったが、金属弦の採用後にピックを用いた奏法が導入されると、それが主流となっていく。ピックなしの奏法は1980年代にはほぼ見られなくなっていたものの、1990年代に再発見され、以下の三種類が基本技法として指摘されている。①すべての弦をかき鳴らす奏法で、アナトリア東部ではシェルペとも呼ばれる奏法、②右手の指の腹のみを用いて弦を一、二本つま弾く奏法、③右手と左手両方の指を用いる奏法、である(Ayyildiz 2018)。パパペトロプロス氏がラフタにおいて採用しているのはピックありの奏法だが、ピックはトルコ語でテゼネと呼ばれる小さいプラスチック製の棒ではなく、ラフタ演奏に通常用いられるウード同様の細長いタイプのものである。氏のラフタ指導においては、「サズのように」演奏するように指示される曲があり、そこで氏が採用している奏法は、ピックなし奏法がトルコにおいて再注目される以前のサズ(バーラマ)演奏の主要な奏法であるといえることがわかった。氏がサズ(バーラマ)を習得したのは1980年代半ば以降のことであり、当時の規範的な奏法が氏のラフタ演奏に反映されていると考えることができる。また、演奏にテゼネを用いるわけではないことから、創造的に取り組む際に守られている一定の規範があることが明らかとなってきた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ラフタの演奏にその奏法が取り込まれている楽器として、サズ(バーラマ)の他に、ウード、クレタ・ラウト(クリティコ・ラウト)、タンブールが挙げられる。サズ(バーラマ)を除いて、いずれも歴史的にラフタに関連のあった楽器である。ラフタは、クレタ・ラウトがイスタンブルにおいて小型に改良された楽器であり、ウードはラフタの後継となった楽器といえる。十九世紀末にオスマン帝国に再輸入されたウードに取って代わられ、ラフタは二十世紀初頭に衰退したからである。当時、娯楽音楽で演奏されていたラフタを古典音楽に取り入れたのは、タンブール奏者ジェミル・ベイ(1873-1916)であった。こうしてタンブールとラフタとの接点ができ、ラフタのフレットの配置はタンブールのそれに近く、またトルコでは今もラフタは主にタンブール製作者によって製作されている。したがって、ラフタ演奏にこれらの楽器の奏法を導入することには、伝承の途絶えた部分を埋め合わせる意図があると考えることができる。他方で、伝承が途絶える以前のラフタにサズ(バーラマ)との関連は指摘されていない。そのサズ(バーラマ)に注目して奏法等の把握に努めた結果、トルコ共和国成立後に国家を象徴する楽器となり、音楽教育においても中心的な役割を担ってきたにもかかわらず、二十世紀半ばからさまざまな改良が試みられ、現在も新たなタイプが考案されていることがわかった 。なかでも名人芸や新たな奏法の発展により開発されるに至った棹の短いタイプのサズ(バーラマ)は実際に普及し、これがさらに新たな奏法の発展につながった。近年では、ピックなし奏法の復活に加えて、従来の奏法に他の楽器の奏法(ギター、ブズキ、ウード)が取り入れられ、そのレパートリーも拡大しているという(Zeeuw 2020) 。以上のような実態をふまえて、今後の研究の進め方を検討し直す必要があると認識するに至った。
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Strategy for Future Research Activity |
ラフタはサズ(バーラマ)など他の楽器の奏法を取り入れて演奏され、またジャンルを横断して用いられており、先行研究(Elias 2012)では、そうした要因を、ギリシアを代表するブズキやトルコを代表するサズ(バーラマ)と違ってラフタが「マイナーな楽器」である点に見出していた 。ブズキやサズ(バーラマ)には音色ですぐにそれとわかるような際立った特徴があるゆえ、それらの楽器が演奏されてきた脈絡外で演奏されたとしても、本来の脈絡を想起させるものとなってしまうというのである。たしかに、ブズキの改良は特定の響きや音色を求めて一定方向に進んだといえる。しかし、サズ(バーラマ)においても当初はギリシアにおいてやはり音楽教育における中心的な指導楽器となったタブラスのように画一化が進んだが、現在では先述のように多様な演奏の可能性が追求されているのである。そこで、本研究はタブラスとの比較を補助的な手段としてラフタをめぐる実態の把握と動向の整理を進めるものであったが、サズ(バーラマ)との比較もまた、伝統音楽の再編過程の解明をめざす本研究の目的に資するものと考える。サズ(バーラマ)においては、トルコ共和国成立当初は、タブラスの場合のように標準化が進められ、国の音楽教育において中心的役割を果たす楽器としてある程度定着したのちに、今度はそれを打破する動きが見られることから、サズ(バーラマ)をタブラスの今後を予見させる事例として位置づけることができると考えるからだ。以上から、ラフタとサズ(バーラマ)にみられる種々の取り組みや動向を比較することは、伝統楽器の発展と継承を考察するうえで有益な成果が得られるものといえる。最終年度は、以上の比較検討結果を、これまでの研究成果と照らし合わせて整理、分析していく予定である。
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Causes of Carryover |
大学の納品期限が例年よりも早く設定されており、発注品の一部がこれに間に合わず、キャンセルせざるを得なかったため、次年度使用額が発生したが、再発注により消化予定である。
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