2019 Fiscal Year Research-status Report
「空なる場所」としての共存空間 ― 日欧現代演劇における「声」の演出美学
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19K12994
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
針貝 真理子 東京藝術大学, 音楽学部, 准教授 (00793241)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 声 / 空間 / 演劇学 / 政治哲学 / ポストドラマ演劇 |
Outline of Annual Research Achievements |
C・ルフォールの「空なる場所」という概念を鍵に、日欧現代演劇における「声」が生成する聴覚空間の機能を美学的・政治哲学的観点の双方から再検討することを通して、演劇美学と政治哲学との現代的関連を模索する本研究(「空なる場所」としての共存空間 ― 日欧現代演劇における「声」の演出美学)は、ルネ・ポレシュ(ドイツ)、クリストフ・マルターラー(スイス)、三浦基(日本)という三人の演出家による上演の分析を軸に進める予定であったが、初年度は、三浦基とルネ・ポレシュの試みを取り上げ、国際会議での発表(それぞれ2019年6月、2019年8月)や、ポレシュ論の翻訳紹介を行った。また、まだ未刊行ではあるが、現在執筆途中の論文も3本ある。それぞれ、ポレシュ、マルターラー、「声」の文化論を扱ったものである。 三浦に関しては、彼のブレヒト演出が、ブレヒトの異化効果を活かした独自の音楽的音声演出によって、新自由主義経済への批判となっていることを明らかにした。そこで現代日本の政治を左右する「経済」は、特定の人物の顔を持たないものとして、「空なる場所」の一形態として現れると言える。 ポレシュに関しては、彼の演出が西洋近代的演劇形式のパロディとしてメタ的な演劇空間を生成することによって、舞台と観客のあいだ、またポレシュ演劇の制作に関わる人々のあいだにある現実の社会的関係を浮き彫りにしていることを明示した。さらにポレシュは近年、コロスという古代ギリシャ演劇から続く西洋演劇の伝統を利用して、ひとつにまとまった複数の声を持つ集団の像を数多く描いているが、その姿もまた「喜劇」として示されることで現実と接続する。これもまた、演劇が示す「空なる場所」の一形態であると捉えることができる。 ポレシュと三浦の演劇におけるこうした一連の試みを考察することによって、演劇と政治哲学的観点との関連に迫ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
日欧現代演劇における「声」が生成する聴覚空間の機能を美学的・政治哲学的観点の双方から再検討することを通して、演劇美学と政治哲学との現代的関連を模索する本研究は、初年度においては、予定していたよりもやや遅れている。 内容面においては、三浦の異化効果およびポレシュのコロス喜劇と「空なる場所」との関連、および、マルターラー演劇における合唱の歌声が共同体形成に及ぼす影響、「声」研究の歴史を遡る作業を通して見えてきた、現代における「声」の文化と政治哲学との関連など、数多くの新たな知見を開くことができたが、その多くが初年度中の刊行には至らず、目に見える実績として示すことができなかった。 遅れた理由は、申請者が2019年4月に現本務校に着任することになったために、新たな職場環境に慣れ、研究環境を整備するのに時間を要したことにある。当初予定していた二度の渡欧も、そのうちの一度は、職場の都合により果たすことができなかった。 ただし上記のような事情は2019年度に限られたものであるため、次年度はこの遅れを取り戻すことができると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
2年目となる今年度は、まず現在執筆中のポレシュ論、マルターラー論、「声」の文化論を刊行することを目指す。その作業において、「空なる場所」と声の空間との関連をさらに明確にしていきたい。さらに2年目は、マルターラーの試みに重点を置き、音楽的に生成する共存空間の独自性について考察を進めることを予定している。 目下浮上している問題は、コロナウイルスの流行により、当面学会発表の機会が失われること、渡欧および新作の観劇が困難になることである。学会発表の機会が失われることに対しては、今年度は口頭発表ではなく、論文投稿に力を入れることで対応する。また、渡欧が困難になることで、海外の研究者と直接やり取りをする機会やヨーロッパでの新作の観劇をする機会が失われるが、これに対しては、メールでのやり取りや、映像資料による上演分析で出来る限り対応することにしたい。
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Causes of Carryover |
2019年度に予定していた渡欧が、本務校の都合(およびコロナウイルスの影響)により叶わなかったため、その分の旅費を次年度に回すことにした。 目下コロナウイルス流行により、2020年度の渡航も困難になる可能性が大きいが、その場合はさらに次年度に旅費分の予算を先送りすることにしたい。
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Research Products
(3 results)