2020 Fiscal Year Research-status Report
「空なる場所」としての共存空間 ― 日欧現代演劇における「声」の演出美学
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19K12994
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
針貝 真理子 東京藝術大学, 音楽学部, 准教授 (00793241)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 共同体 / 共存在 / 音楽劇 / 演劇学 / ポストドラマ演劇 / 歌声 / 女性 |
Outline of Annual Research Achievements |
2年目となる2020年度は、コロナウイルスの流行により、予定していた海外出張ができなかったため、取り寄せ可能な資料を基に、当初3年目で取り上げる予定であった演出家クリストフ・マルターラーの音楽劇における、上演美学と政治哲学の関連を考察し、論文を発表した。マルターラーは、既存の歌曲やオペラ作品を脱構築して独自の音楽劇を構成することで知られており、彼の音楽劇では、原作に対する批判的態度を通して、音楽というメディアのもつ政治性が表面化される。2020年度の本研究では、マルターラー演出によるシューベルトの連作歌曲『美しき水車小屋の娘』(ヴィルヘルム・ミュラーの抒情詩に基づく)の上演分析を取り上げ、本作中に、ミュラーの抒情詩に見られる女性排除の構造と、シューベルトの音楽から導き出されたケアの倫理によって共存空間を築く可能性が示されていることを指摘した。抒情的男性主体によって物語世界から排除された女性たちは、独唱歌曲を複数の人々に歌わせるマルターラー演出において、みずから歌う主体として舞台に登場し、排除の構造を解体する役割を演じる。ここで音楽は、抒情的主体の心情を歌うメディアから、ケアの媒体および、ジャン=リュック・ナンシーの言う「無為の共同体」を媒介するメディアへと機能転換を遂げている。 また、上記の研究と並行して、共存空間という概念と深く関連し、ナンシーの共同体論にも多大な影響を及ぼした、ヴェルナー・ハーマッハーの「共存在」論およびそれに対するナンシーの応答を共訳し、翻訳と訳者解題を発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナウイルス流行の影響で、海外渡航不可能な状況となったため、当初の研究計画を変更する必要に迫られたにもかかわらず、マルターラーの音楽劇についての学術論文および「共存在」論についての学術的テクストを発表するという成果を得ることができた。しかし、コロナウイルス流行にともなうオンライン授業の準備や配信資料作成、そして膨大な課題添削に時間を奪われ、研究時間が圧迫されたために、昨年度行った口頭発表に基づく論文を2021年度中に発表することができなかった。また、今年度は新たな口頭発表を行うこともできなかった。 上記の状況に鑑みて、順調に進捗している面もあるものの、総合的には「やや遅れている」と判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、昨年度の口頭発表の内容を論文として発表するとともに、どちらかと言えば上演分析が中心となっていたこれまでの研究に、政治哲学的観点をより深く反映して、今後の考察を進めていきたいと考えている。具体的には、初年度の口頭発表で取り上げたポレシュの上演例に見られる公共圏の枠組みを、C・ルフォールの「空なる場所」および現代の民主主義のありかたと直接関連付けて論じる。また、「声」論の研究史を概観しつつ、票としての「声」とは何か、それはどのように聞かれるべきなのかという根本的な問いに取り組む論文も発表する予定である。
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Causes of Carryover |
2019年度に予定していた海外・国内出張および舞台上演鑑賞が、コロナウイルスの影響により叶わなかったため、その分の予算を次年度に回すことにした。 目下コロナウイルス流行により、2021年度の渡航や観劇も大幅に制限される可能性が大きいが、その場合はさらに次年度に予算を先送りすることにしたいと考えている。
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Research Products
(4 results)