2021 Fiscal Year Research-status Report
西欧中世の『フィシオログス』写本―挿絵の展開と受容に関する美術史的研究
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19K12999
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
川瀬 瑞絵 (長友瑞絵) 東京藝術大学, 学内共同利用施設等, 研究員 (60422523)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 西洋中世美術 / キリスト教美術 / 写本挿絵 / 動物シンボリズム / 聖書と象徴 / ベスティアリ / 博物誌 / 幻想の動物 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和3年度も、前年度に引き続きキリスト教的博物誌『フィシオログス』写本について、本研究課題の主たる研究対象となる、Dicita Chrysostomi版(DC版)、Phillipe de Thaon版(PT版)の写本を中心に、挿絵を重点に置いたデータベースの作成を進め、挿絵の分析を行った。 令和3年度は本研究の3年目にあたり、本来であればDC版写本の現地調査を経て、挿絵細部の考察を含めた写本データベースの作成が大半完了する見込みであったが、新型コロナウイルス流行による所蔵先の閉館と調査延期が続き、写本データベースの作成作業が更に遅れることとなった。そのため前年度に引き続き、作業と並行して現在既に入手済みの主要なDC版の写本を中心に挿絵の考察を進めた。また近年、ヨーロッパにおいて『フィシオログス』に関する文献学的再調査が進展していることを受け、挿絵考察の基盤となる『フィシオログス』のテキスト自体についても再整理を行った。 主要DC版の写本の挿絵や写本構成の分析を進めるなかで、これまで様々な興味深い変化が確認された。例えばいずれもDC版である、ウィーン国立図書館Cod. Vind. 1010(12世紀)、ミュンヘン州立図書館 Clm 2655 (13-14世紀)、およびClm 6908(14世紀)などには、先行する別のヴァージョンの写本には見られないハイエナの図像が共通して認められる。制作年代的にも、テキストの系譜上も先行する別のヴァージョンでは、1匹だけがプロフィールの図像で描かれることが通例であるが、DC版の写本においては抱擁する二匹のハイエナが描かれ、性愛に関する規制が強調されていることが推察された。扱った写本はいずれもヒルザウ改革の影響範囲にある修道院に由来することから、修道院改革の理念や目的に沿って挿絵の変化も発生した可能性も考えられ、今後も更に調査を進めたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題の計画書に基づき、対象写本の収集、およびデータ分析を進めているものの、令和3年度においても前年度に続き、新型コロナウイルスによる海外への渡航制限が発生したこと、また調査対象の写本を所蔵する海外図書館も利用制限が続いており、申請中である必要資料の到着や、現地調査に基づくデータの取得が遅れているため。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度についても当初の研究計画に沿って調査研究を進める予定である。新型コロナウイルス流行の影響があり、データベースの整理が遅れているが、海外図書館所蔵の未刊行写本の画像収集および、現地調査による写本に関するデータ収集を急ぎ進め、これまで作業したDicita Chrysostomi版(DC版)、Phillipe de Thaon版(PT版)写本を中心とするデータベースの基礎部分に加えて完成を目指したい。 なお、近年文献学における『フィシオログス』各国語のテキスト最新研究の成果を受け、考察の比較資料として現存するギリシア語の『フィシオログス』写本の挿絵についても視点を広げ、収集予定である。『フィシオログス』のテキストの原典はギリシア語で著され、また本研究の主たる研究対象であるDC版自体、テキストに記された4世紀のコンスタンチノープル主教の名前、ヨハネス・クリュソストモス(Ioannes Chrysostomus)から命名されていることから、挿絵の系譜や当該写本の機能の面で何らかの影響があったのかについても分析を進めたい。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの世界的感染拡大が継続しており、令和3年度に延期していた海外図書館や美術館における現地調査が再延期となり、実施できなかったため旅費が発生しなかった。また海外図書館に依頼している未刊行の写本の新規撮影画像なども、コロナウイルス流行の影響で実施自体が止められており、発注後、支払いが未了となっているため。 令和4年度現在、感染が収束しつつあり、海外図書館や美術館での調査再開が認められつつあることから、調査対象の写本について考察と並行して、随時現地調査を行いたい。
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