2020 Fiscal Year Research-status Report
James Joyce and Irish Diaspora: Haunting History as a Nightmare
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19K13112
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Research Institution | Toyo Gakuen University |
Principal Investigator |
小林 広直 東洋学園大学, グローバル・コミュニケーション学部, 講師 (60757194)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ジェイムズ・ジョイス / アイルランド / ディアスポラ / ユダヤ / 亡霊 / トラウマ / 亡命 / ジャック・デリダ |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、ジェイムズ・ジョイスの短篇集『ダブリナーズ』の最後を飾る「死者たち」における亡霊表象についての論文を発表した。本作に描かれる「亡霊」は、一義的には主人公ゲイブリエルの妻、グレタが故郷のアイルランド西部で恋愛関係にあった死んだ恋人フューリーのことであるが、同時に、ゲイブリエルの夫としてのアイデンティティを突き崩し、他者性を自覚させる契機として描かれている。このことは象徴的なレベルにおいて、植民地だったアイルランドの歴史的状況から背を向けていた彼にとって、自身の知らなかった妻の過去が、祖国それ自体の「悪夢」としての歴史と重なり合う、すなわち個人史と国史が重層化されていることを意味する。また、この論文ではジャック・デリダの「歓待」論を援用した。「歓待」は政治的には、いかに亡命者や難民を受け入れるかというDiasporaの議論にも通底するため、今度も探求してゆきたい。 また、昨年度の報告書にも記した通り、2019年6月より、2か月に1度のペースで、一般読者を対象にした読書会を、日本ジェイムズ・ジョイス協会の若手研究者2名(南谷奉良氏、平繁佳織氏)と共に主催している(「2022年の『ユリシーズ』―スティーヴンズの読書会」)。20年度は新型コロナウィルスの流行によってオンラインでの実施となったが、これを機に第6~第10挿話を再読することができた。本会は、研究成果を広く国民に還元するという科研費の本義に鑑みると、一定の貢献ができたと考えている。 本研究テーマ(19世紀以降のアイルランドの「民族離散(Irish Diaspora)」)に関しては、Mary ColumのLife and Dreamの翻訳(共訳)を行うことで、亡命先のアメリカにおいてアイリッシュ・アメリカンがどのようなコミュニティを形成していたかを分析することができた。なお、同書の翻訳は21年度の完成を目指している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
上述の通り、『ユリシーズ』を中心とした文学テクストの精読については幅広く実施することができたが、Irish Diasporaの先行研究の調査については、20年度はほとんど行うことができなかった。よって、最新の研究動向を今後も継続的に読み進める必要がある。また、予定していたトリエステにおける資料収集についても、コロナ禍で実施することができなかったため、次年度以降の課題としたい。 ジョイス研究は、その難解さゆえに、作品の分析に多くの時間を割かれてしまう。昨年度に引き続き、一橋大学の金井嘉彦教授のゼミに参加し、ジョイスの未完作品である『スティーヴン・ヒアロー』を精読した際に、同時代のコンテクスト研究へと開いてゆくことの必要性を痛感した。ジョイスの一世代前の、ジョージ・ムアやオスカーワイルド、W・B・イェイツの作品分析をすることで、19世紀末から20世紀に至るアイルランドの文学状況を捉え直し、それを歴史学研究の知見であるIrish Diasporaの観点に接続したい。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年に『ユリシーズ』は出版100周年を迎える。その記念論集のための論文を20年末に提出し、一次査読を通過することができた(22年2月刊行予定)。本研究の申請の段階では、今夏の長期休暇を利用して、アイルランドの国立図書館、UCD と TCD の大学図書館を訪れ、新聞については(Irish Times, Freeman's Journal, Irish Homestead, Daily Express)、雑誌については(Leader, Punch, Egoist, Dana, Little Review) の資料収集を、ジョイスがダブリンで暮らしていた時期(1882-1904)に絞って行う予定であったが、新型コロナ・ウィルスの世界的流行が続いている状況を考えると、21年度の実施は不可能と思われる。よって、21年度は上述の翻訳書や『ユリシーズ』論集のための論文の執筆に注力することとする。ただし、アイルランド文学に関わるオンライン学会(IASILやInternational James Joyce Foundation)に積極的に参加し、最新の研究動向をフォローしていきたい。 また、20年度より、日本ジェイムズ・ジョイス協会の有志によって実施されている『フィネガンズ・ウェイク』の研究会(隔月、オンライン)にも参加し始めた。ジョイスの主要4作品のうち、これまで筆者が分析してきた『ダブリナーズ』『若き日の芸術家の肖像』『ユリシーズ』に加え、最後にして最難関のこの作品を含めて、「亡霊のアイルランド」という本研究の主要テーマを総合的に分析し、今後の研究発表や論文に反映させていきたい。
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Research Products
(1 results)