2021 Fiscal Year Research-status Report
The Temporality of Social Criticism: Nostalgia and Its Paradox in Dystopian Fiction and Science Fiction
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19K13119
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
中村 麻美 立教大学, 文学部, 助教 (80827709)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ディストピア / サイエンス・フィクション / ノスタルジア / 共感性 / ポスト・ヒューマン / フェミニズム / マーガレット・アトウッド / ジェンダー・セクシュアリティ― |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究はユートピア・ディストピア文学やSFを、時間論や情動論、そしてジェンダー・セクシュアリティ理論を通して探求するものである。本年度は、主にフェミニスト・ユートピア/ディストピアにカテゴライズされる作品群、あるいは様々な作品のフェミニスト的読解に関する研究を進めた。さらに、これまでのノスタルジアに加え、共感性(エンパシー)をトピックとして追加することで、ノスタルジアを含む情動伝達を通した自他関係や共感的コミュニティにおける権力関係が、SFにおいてどのように異化されるか、という問題に取り組んだ。 フェミニストSFに関しては、1960~1970年代に英語圏で発表された主要作品における複数の時間性、性暴力表象、狂気とガスライティング(心理的虐待の手法)の問題を分析した。またポスト・アポカリプス作品の研究も進めており、現在マーガレット・アトウッドの『マッド・アダム』三部作におけるノスタルジアの諸相を、同著者による『侍女の物語』、『誓願』と関連付けながら明らかとする論文、そして、フェミニスト・ディストピアに関する小論も執筆中だ。これらの論文の発表媒体は決定しており、発表時期は来年度後半に予定されている。 共感性に関しては、まず、共感性概念や、自閉症の歴史を辿りながら、共感性が如何に排他性を生み出すか、という論点に関して、フィリップ・K・ディックやアーシュラ・K・ルグィンの作品を分析し、口頭発表を行った。ニューロ・ダイバーシティ概念と文学批評に関するオンライン学会にも参加し、近年における本主題の発展について知見を深めると共に、その重要性を再認識した。加えて『侍女の物語』のTVドラマ版を共感性の観点から分析し口頭発表を行った。ドラマ版が人種の問題を看過していること、また、執拗なトラウマ的表象が引き起こす共感疲労が、作品の社会批判性を減じてしまう問題などを論じた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度はフェミニスト・ユートピア/ディストピア作品におけるノスタルジアの問題に関する論文の発表先が決定し、本格的な執筆を開始することができたことから、研究成果発表が概ね予定通りに進んでいると言える。また、上で述べた共感性に関する二つの口頭発表に加えて、SDGs(持続可能な開発目標)をテーマとした口頭発表を行った。本発表では、マーガレット・アトウッドやオクティヴィア・E・バトラーのポスト・アポカリプス作品を分析対象としながら、資源が限られている環境において未来の社会を想像する際、規範の設定だけでなく、多様性を確保することで、オルタナティブな欲望を通した規範の見直しと新たな規範の設定が可能となることを論じた。この発表を通して、現代社会における危機的な状況を打開する一助としてのSFの社会的想像力の重要性を明確化することができた。 また、昨年度に引き続き、ポストヒューマン論、新唯物論、フェミニズムに関する知見を広げ、深めるためにロージ・ブライドッティのサマースクール(オンライン)に参加した。ユートピア/ディストピアの二項対立を乗り越える必要性、人新世概念が看過する多様性の問題や、より脱人間中心主義的な詩学の可能性などに関し、様々な研究者やアーティストと議論することで、本研究の理論的基盤を強化することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度の研究成果に基づき、まず、現在執筆中であるマーガレット・アトウッドのディストピア、そしてポスト・アポカリプス作品に関する論文、そしてフェミニスト・ディストピアに関する小論を来年度中に発表する。その後、オクティヴィア・E・バトラーのParableシリーズにおけるノスタルジアや共感性に関する論考を合わせて発表したい。特に、アトウッドとバトラーのポスト・アポカリプス作品を比較しながら、人新世という時間軸が人類を単一のものとして捉える際に見過ごされる、人間の多様性の問題を精査する。また、共感論をポストヒューマン的観点から発展させるために、クローンやアンドロイド表象だけでなく、人間と非人間(植物、機械など)の間における共感性をSF作品の分析を通して論じていく。 さらに同時並行で、アポカリプス作品における複数の時間性を分析しながら、既存のディストピア作品におけるノスタルジア論を拡充していく。分析対象の作品として、まず冷戦期に発表されたアンナ・カヴァンの『氷』(1967)にフォーカスした上で、J. G. バラードの『沈んだ世界』(1962)などの関連作品の分析も進めていく。『氷』は、ノスタルジアやトラウマが引き起こす反復的な時間と、世界の終わりへと向かう黙示録的な時間を交差させることで、現在・過去・未来といった直線的な時間理解を、個人から惑星といった様々なスケールで攪乱する。破滅を生き延びようとする人類を描く(ポスト・)アポカリプス作品は多くあるが、そういった人類のサバイバルというテーマを後景化させる作品群を時間性に着目しながら読解することを通して、(リー・エーデルマンが批判する)再生産や生殖を前提とした未来主義を乗り越える、新たな未来性を構想する。 次年度の成果発表としては、論文発表に加え、学会や学術イベントにおける口頭発表を、海外で開催されるものも視野に入れながら、行っていく。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が発生した理由として、コロナ禍による海外出張が困難であったことから、旅費などの費用を計上する機会がなかったことが挙げられる。次年度は、英語校閲サービス、学会出席費用、文献購入に費用を計上予定である。
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Remarks |
以下に本年度発表した書評の情報を記載する。
中村麻美 [書評] 「ローズ・マコーリー著『その他もろもろ――ある予言譚』ディストピア的想像力の多様性――「失われた」ディストピア小説の重要性、そしてディストピア研究の奥深さ」、図書新聞、 3490号、 p. 5、 2021年4月。
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