2022 Fiscal Year Research-status Report
The Temporality of Social Criticism: Nostalgia and Its Paradox in Dystopian Fiction and Science Fiction
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19K13119
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
中村 麻美 立教大学, 文学部, 助教 (80827709)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ディストピア / サイエンス・フィクション / ノスタルジア / フェミニズム / ポストヒューマン / マーガレット・アトウッド / ジョージ・オーウェル / ジェンダー・セクシュアリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、英語圏におけるユートピア・ディストピア文学やSFを、時間論や情動論、ジェンダー・セクシュアリティ、ポストヒューマン理論などを通して批判的に考察するものである。本年度の研究発表はフェミニスト・ディストピアに関するものが中心となった。特に、都留文科大学の加藤めぐみ教授と共同編集した論集『マーガレット・アトウッド『侍女の物語』を読む――フェミニスト・ディストピアを越えて』(水声社)は第一線で活躍する研究者らによる論文を多数収録しており、全体で300頁を超える。研究代表者は企画・編集に加え、『侍女の物語』と『マッドアダム』三部作をエコロジーやポストヒューマンの視点から接続する論文、アトウッドのエッセイの解題、フェミニスト・ディストピア諸作品の解説コラムなどの執筆を担当した。次に『侍女の物語』のドラマ版を、マイノリティの表象を中心に分析した論文(「TVドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』におけるシスターフッドの問題」)を明治学院大学紀要『言語文化』にて発表した。ドラマ版は小説の世界を拡張することに成功しているものの、フェミニズムを白人女性のヒロイズムに還元してしまっている点で、権力関係の複雑性を看過するものとなっていることを指摘した。1985年に出版された『侍女の物語』は現代社会におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツの動向やフェミニズム運動の文脈において再注目されているが、論文執筆を通して作品の限界と可能性を問い直すことの重要性を再確認することができた。また、口頭発表としては、ジョージ・オーウェル生誕120周年記念イベント「暗闇のなかの希望」(日本女子大学)において、オーウェルの『空気をもとめて』(1939)をアトウッドの『浮かびあがる』(1972)と比較しながら、ノスタルジア・帰郷というテーマを通してナショナリズムやジェンダーの問題を探求した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は継続してきた研究を多く活字化することができ、研究成果発表は予定通りに進んだ。特に『侍女の物語』のドラマ版に関する論文では、昨年度の口頭発表で発表した内容に、ドラマの最新シーズンや最近の批評動向を含めることで、大幅にアップデートすることができた。他方、『侍女の物語』に関する共編の論集に関しては2022年12月に出版される予定であったが、収録されているアトウッドのエッセイの翻訳版に対する版権の獲得に想定以上の時間がかかっているため、書籍は完成しているものの、未だ出版に至っていない。ただ2023年6月には出版の目途が立つ予定である。また、『空気をもとめて』と『浮かびあがる』に関する口頭発表も、論文化した上で『レイモンド・ウィリアムズ研究』に掲載される予定だ。以上に加え、立教大学ジェンダー・フォーラムにおける岡野八代氏の講演報告を執筆する中で、ケア論の土台となるフェミニズムが正義を目指す運動・理論であることを再確認し、本研究におけるユートピア論にケアの視点を取り入れる手がかりを得ることができた。加えて、所属しているオーウェル協会のThe Cambridge Companion to Nineteen Eighty-Four翻訳企画においてElinor Taylorの論文を翻訳する過程で、オーウェルが労働者階級を英国社会主義の原動力として理想化しながらも脱政治化する矛盾について再考し、上述のノスタルジアに関する口頭発表を発展させる際に重要となる見地を得た。同時並行で行っているポスト・アポカリプス小説に関しては先行研究や様々な作品の精読を継続しているが、上述のマーガレット・アトウッドによるエコ・ディストピア作品に関する論文で扱ったエコロジーとノスタルジア、そして未来性の概念を発展させる形で、「世界の終わり」を引き続き、ジェンダーや人種の観点から批判的に検討していきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
直近の研究発表として、2023年8月に世界的なSF研究団体であるScience Fiction Research Associationによって開催される国際学会、SFRA 2023: Disruptive Imaginationsにおける口頭発表のアブストラクトが受理されており、発表準備を進めている(学会の開催地はドイツ)。発表では、カズオ・イシグロの『クララとお日さま』(2021)と台湾の作家である紀大偉の『膜』(1995)を比較しながら、ダナ・ハラウェイの『サイボーグ宣言』(1985)を再検討する予定である。本発表は陝西師範大学講師、帳沛と共同で実施する。ナラティブを人間心理に還元することなく、機械や動物といったノン・ヒューマンの可能性に着目しながら、ジェンダー、人種、国家にまつわる様々な境界を撹乱する小説の機能を探求していく。発表内容は英語論文として、国際的なジャーナルで発表することを目指す。さらに、学会発表に合わせてイギリスやドイツで本研究に関連するフィールドワークや、様々な研究者らとのネットワーキングを実施する。文献調査以外にも現地における様々な建築物やアートなどを記録することで、これまでの研究を多角的に補強・拡張していきたい。また、本年度後期は、ディストピアないしポスト・アポカリプス作品の研究関連として、J.G.バラードの『ハイライズ』(1975)とドリス・レッシングの『生存者の回想』(1974)を比較しながら、公営住宅の表象とその歴史的背景、そして、ディストピア的物語が住むことをサバイバルとして捉えることで可能とする、人間中心主義や家父長制に対する撹乱を精査し、論文としてまとめる。コロナ禍で当初の計画を変更せざるを得なかったが、事例研究を工夫し、海外研究をまとめて行うことで、当初の目的を達成することができる予定である。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が発生した理由として、コロナ禍のため海外出張が困難であったことから、旅費などの費用を計上する機会がなかったことが挙げられる。次年度は、英語校閲サービス、学会出席費用、海外研究、文献購入に費用を計上予定である。
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Remarks |
岡野八代氏講演「ケアの倫理の源流へ――軋轢/葛藤/抑圧のなかのケア」報告 (2022年10月、『GEM』、立教大学ジェンダーフォーラム、p. 1.
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