2019 Fiscal Year Research-status Report
冷戦期ディストピア表象における集団的記憶と終りの意識の研究
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19K13130
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Research Institution | Yonezawa women's junior college |
Principal Investigator |
小林 亜希 山形県立米沢女子短期大学, その他部局等, 准教授 (80711366)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 冷戦 / 第二次世界大戦 / 集団的記憶 / 終りの意識 / 記憶 / 語り / ディストピア |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究実績は以下の通りである。 論文「『ピンチャー・マーティン』における〈終り〉の意識―意識の言説化をめぐって」では、物語論的観点から1950年代の小説の一つであるPincher Martin(1956) を分析した。本論では、Pincher Martinにおけるマーティンの意識(=物語内容)はいかにして言説化されているか、すなわち、物語内容が語り手によっていかに報告されているかを、物語論/文体論を援用して分析を行った。最終的に、〈声〉がいかに再現表象されるかを検討することで、当該テクストの終りの意識を考察した。 また、日本英文学会関西支部第14回大会シンポジウム「冒険の残滓――『ロビンソン・クルーソー』から300年」(服部典之、小林亜希、大川淳、橋本安央)では、「ヘテロトピアのロビンソン―反ロビンソン物語における〈終り〉の意識」と題して Rites of Passage (1980)を分析した。当該発表では、海軍士官として第二次世界大戦に従軍したゴールディングの戦争の記憶が想像力を介して19世紀における「船」の表象に上書きされている可能性を指摘し、19世紀から20世紀へと至るイギリス海軍の表象に見られる暴力性の忘却(=抑圧)が物語の終りの意識を形成していることを論じた。 以上の研究発表の成果を踏まえ、2月に英国の大英図書館(the British Library)で文献調査を行った。この調査により、冷戦期ディストピア文学における集団的記憶の忘却(=抑圧)の問題は、第二次世界大戦の記憶、19世紀から20世紀へと至る海洋冒険小説の影響、海軍の表象等、多様な記憶によって複合的に形成されている可能性が浮かび上がった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
国内出張(東北学院大学図書館での資料調査、論文検索エンジンの利用)、ナラトロジーを援用した論文「『ピンチャー・マーティン』における〈終り〉の意識―意識の言説化をめぐって」の執筆、日本英文学会関西支部第14回大会シンポジウム「冒険の残滓――『ロビンソン・クルーソー』から300年」における研究発表、海外出張(イギリス、大英図書館(the British Library)での資料調査)によって、ノルマンディー上陸作戦、ロンドン大空襲(the Blitz)といった第二次世界大戦以降の集団的記憶のみならず、19世紀から20世紀へと至るイギリス海軍の歴史と戦争表象を横断的に調査・分析することの重要性がより明確になった。第二次世界大戦から冷戦期までの集団的記憶(あるいは、体験)が直接描かれることのない「反ロビンソン物語」であっても、それらが何らかの表象(海軍の表象等)に置換されて描かれている可能性があること、記憶の〈忘却=抑圧〉の構造をエンディングに見出すことができる可能性を確認することができた。 また、イギリス出張では、帝国戦争博物館(Imperial War Museum)において、当博物館が出版するノルマンディー上陸作戦に従軍した人々に関する書籍を入手することができたたため、いまだ十分な資料のない第二次世界大戦における戦争体験についても新たな知見を得ることもできた。 先行研究がほとんどない本課題については、シンポジウムにおける研究発表とイギリスでの資料調査との成果によって、一年目の目的はほぼ果たされたと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
日本英文学会関西支部第14回大会シンポジウム「冒険の残滓――『ロビンソン・クルーソー』から300年」における概要は、学会プロシーディングスに発表する予定であるが、以上の議論をより発展・敷衍させた上で、次年度に論文として発表したいと考えている。また、現在、日本英文学会東北支部第75回大会シンポジウム「英米文学における記憶と想像力」を企画中であり、冷戦期のフィクションに見られる集団的記憶の問題を、John Wyndham、Nevil Shute 等、1950年代に流行したApocalyptic fictionを中心に分析する。 忘却(=抑圧)された加害性の記憶には、19世紀ヴィクトリア朝から20世紀にまで至る「男らしさ」(Masculinity)の問題も関係しているように思われる。関西支部のシンポジウムでは、イギリス海軍の「赤道祭」(Line-crossing ceremony)の表象について言及したが、冷戦期のフィクションにはある種の「男らしさ」と戦時の暴力が再現表象される一方、それらを(意識的にせよ、無意識的にせよ)忌避するような物語も見受けられる。したがって、次年度は集団的記憶における「男性性/女性性」の問題ついても考察するつもりである。 今後はコロナウイルスの流行により海外出張(イギリスでの資料調査)が困難であることが予想されるため、国内図書館(東北学院大学附属図書館、東北大学附属図書館)での資料調査を中心に研究を推進する予定である。
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Causes of Carryover |
(理由)前年度の資料調査では、第二次世界大戦から冷戦期に至る表象に着目して調査したが、近年の記憶研究の動向と同時代の批評ついては未着手であった。次年度は冷戦期の集団的記憶がいかにして形成されたかについても調査する必要がある。したがって、次年度も継続して国内の図書館で資料調査を行いたい。
(使用計画)可能であれば国内図書館(東北学院大学附属図書館、東北大学附属図書館)へ出張し、前年度未着手であった同時代の批評を資料調査することで、より広範な研究を行う予定である。国内図書館が十分に機能しない状況が続く場合には、できるだけ研究書籍を購入して研究を継続したい。また、英語論文の執筆を行う予定のため、論文校正費用の支出も検討している。
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Research Products
(2 results)