2021 Fiscal Year Research-status Report
同時代の災厄を語る オーストリア現代文学における「死者とのコミュニケーション」
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19K13137
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
福岡 麻子 東京都立大学, 人文科学研究科, 准教授 (40566999)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | イェリネク / 災厄 / 物語 / オーストリア文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
1)オーストリア・グラーツ文学館『コロナ日記』(2020年3月 - 同年7月、ウェブ連載)を扱い、新型コロナウイルスに対する文学の応答の一例として考察した。同『日記』から作家トーマス・シュタングルの日記の抜粋訳を行い、災厄についての語りというテーマで解題を付して出版した(分担執筆)。シュタングルの「日記」は、「メタ日記」という語彙を持ち出しており、「災厄について語ること『についての語り』」を明確に問題化している。今回の考察では、文学史における日記形式の位置づけ、および「オートフィクション」概念に照らし、シュタングルの日記が「現実」と「虚構」という二分法、そして、ウイルスをめぐって構築され覇権を握る種々の「物語」を問いに付すものであることを示した。 2)オーストリア作家クレメンス・J・ゼッツの短編をとりあげ、ポストヒューマン という観点から、チェルノブイリ原発事故に対する後継世代の「語り」の一例として考察した。成果をオンラインシンポジウムにて発表した。当発表では、「時間旅行者」としての(古典)文学を扱ったゼッツの詩学講義をとりあげ、そこで論じられる「名前/名付け」の問題に着目した。翻って、対象作品では「核心を名指さない」方法で語りが構成されていることを指摘し、これが事故に関する後継世代の語りの一例であることを示した。 3)オーストリア作家エルフリーデ・イェリネクの演劇をとりあげ、東日本大震災の「媒介的」な「経験」の表象について、「異邦人」としての死者という観点から考察した。成果を書籍(国際・分担執筆)にて発表した。そこでは、「死者」が言説によって異邦人化されるプロセスをイェリネクがどのように問題化しているかを考察し、作品中の「アンチ-表象」(B. Luecke)的な死者の造形が、死者の脱-異邦人化を実践していることを示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
災厄についての語りという主題に関し、オーストリアの現代作家三名の事例について考察し、国際出版を含む成果発表を行うことができた。また、諸学会のオンライン化の恩恵もあり、国際シンポジウム(上記イェリネク研究所主催)へ招待され、国外の研究者と対談の機会を持つことができた。これにより、本研究課題に対して複数の新しい示唆や視点を得た。 ただし、2020年度に引き続き、研究活動は新型コロナウイルス禍による制約を受けた。ウィーン大学のエルフリーデ・イェリネク研究所の訪問が叶わず、紙ベースの資料や研究所内でのみ閲覧可能な資料へのアクセスは不可能となり、研究所所属の研究者とのコンタクトも限定的なものとなった。このため、研究の基盤となる二次文献への目配りを十分に広げることができなかった。とりわけ演劇作品を扱う場合は、少なくとも映像資料(過去の上演記録)の閲覧が不可欠であり、この点で研究対象とする作品も調整が必要となった。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度の成果に基づき、災厄と文学という課題について、以下の調査・考察を行う。 ・チェルノブイリ原発事故に対する現代文学の応答(クレメンス・J・ゼッツ等) ・作家エルフリーデ・イェリネクにおける災厄と言語 前年度の研究により、以上のいずれもにおいてジェンダーという観点を導入する必要性が明確になったため、この点から考察する予定である。 2022年度もウイルス禍によりオーストリア渡航が容易でないことが予想される。ウィーン大学等、現地での研究活動が困難な場合は、渡航費用は書籍等の研究基盤整備に充て、前述のシンポジウムで交流を持てた研究者らからの助言も得ながら、遠隔地からの資料収集を充実させる。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大し、2021年度内も依然として収束が見られず、当初計画していた海外渡航(ウィーン大学エルフリーデ・イェリネク研究所、オーストリア国立図書館等での資料収集、現地研究者との面談等)が不可能になったため。 渡航費用として予定していた分の予算は、前年度までの研究において見つかった課題や新たな視点にとって必要な資料の補充を中心に、研究基盤整備に充てる予定である。
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Research Products
(4 results)