2020 Fiscal Year Research-status Report
ベラルーシ共和国のロマ(ジプシー)の方言の記述言語学的研究
Project/Area Number |
19K13163
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Research Institution | Kobe City University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
角 悠介 神戸市外国語大学, 外国学研究所, 客員研究員 (50837341)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 言語接触 / 借用語 / ベラルーシ語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は「現在のロマニ語学の方言資料の空白を埋めること」そして、その方言に確認できるであろう「ベラルーシ語の影響を明らかにすること」である。昔から政情不安ゆえにベラルーシ共和国には外国のロマニ語研究者がなかなか立ち入らず、これまでそこで話されているロマニ語方言の研究があまり進んでいなかったが、研究費を有効活用して現地調査を複数回行い、現地のロマ民族(情報提供者)との信頼関係を構築し、数十時間にわたる音声の録音、いくつかの手書きの資料、そしてベラルーシのロマ民族の歴史・文化・言語に関する文献を手に入れることができた。 コロナ蔓延と2020年夏のベラルーシ大統領選以降の政情不安により、ベラルーシ共和国への渡航の可能性がほぼついえてからも、それまでに築いた人脈を頼り、継続して現地のネイティブスピーカーとロマニ語による文通を行い、文学作品の翻訳依頼をするなどして積極的に言語資料の収集に努めた。 収集した資料はまだまとめることが出来ていないが、今現在ベラルーシ共和国で話されているロマニ語方言の一つの概要(文法と語彙)を簡潔ながらまとめるだけの材料は十分収集することができたと考えている。 研究対象の方言(下位方言)については、ロマニ語独自の語彙があまり多くなく、他の言語からの借用語が多く用いられている印象を受けた。これらの借用語の多くはロシア語に起因すると考えられるが、中にはベラルーシ語あるいはウクライナ語からの借用語であると考えられるものも若干含まれる。今後の課題はそれらの語彙の分析をスラブ語の専門家のアドバイスも参考にしながら行っていくことである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
新型コロナウィルス蔓延に加え、調査地である「ベラルーシ共和国」の政情不安により、2020年から現地への渡航の可能性がほぼ途絶えてしまった。そこで、それまでに現地で収集した言語資料(数十時間にわたる音声の録音)およびいくつかの筆記資料に加え、現地のロマニ語のネイティブスピーカーに文学作品を翻訳してもらい、それを元に研究を進める方法にシフトした。研究対象が「話しことば」から「書きことば」に移ったわけであるが、どちらも現地で用いられている生きたロマの言語を体現しており、言語資料としてそん色はない。いずれにせよ、渡航が不可能になる前に現地に足を運び、遠隔地から文章の翻訳を依頼できるほどの信頼関係を現地のネイティブスピーカーと築けたことは幸いであった。
また、言語資料として「書きことば」を用いるようにしたことは、偶然にも研究の新しい可能性を生むこととなった。研究者が翻訳を依頼したテキストの一つは児童文学の古典「不思議の国のアリス」である。残念ながら12章の内の3章までの翻訳しか叶わなかったが、この第1章を、研究対象と異なるベラルーシの別のロマニ語方言話者にも依頼することが出来た。短いテキストであるが、二つの異なるベラルーシのロマニ語方言を比較する材料が手に入ったのである。これに端を発し、世界中のロマとの親交の深い研究代表者の人脈を生かし、「不思議の国のアリス第一章」のハンガリー、ルーマニア、チェコ、北マケドニアのロマに同じテキストの翻訳を依頼した。これらの翻訳業務依頼は継続中であるが、最終的にそれぞれの国のロマによって訳された同じテキストの比較研究を行うという新しい研究課題が出来た。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の課題はこれまでに集めた言語資料のまとめとなる。しかしながら、収集した音声資料は録音時間が数十時間に渡ることから、全てを書きだすことは容易ではない。そこで、まずは対象の方言の基本構造(名詞・動詞の変化等)を一覧表にまとめ、その後に可能な限りの語彙を単語集としてまとめていく作業を行う予定である。対象のロマニ語方言には多くの借用語(特にロシア語の語彙を「ロマニ語化」したもの)が含まれているが、これを全て書き表すことはせず、代わりに借用語の生成方法(つまり、どのようにロシア語の単語がロマニ語されるのか)ということに焦点を当てる。借用語の中でロシア語起源ではないものは別途書きだし、可能な限りその語源を分析していく。研究者の予想では、ベラルーシ語起源の借用語も含まれているが、特にベラルーシ語とウクライナ語の語彙は似通っているため、これらを区別することが出来るのかどうかはまだ不明である。これらの分析に関しては、本研究においても間接的にお世話になっている「ミンスク国立言語大学」のベラルーシ語学科の専門家たちの協力を経て行う予定である。 最終年度は過去に収集した資料の分析を行い、これらをまとめて外国の学会誌に発表していくことを目標とする。
この他、予定年度には終わらないので将来的な計画となろうが、本研究の中で収集した「不思議の国のアリス第一章」のテキスト、そして他国のロマニ語方言によって訳された同じテキストに比較考察を加え、ロマニ語話者数世界一のルーマニアで出版するという目標も出来た。これは方言比較研究の資料として大変貴重なものとなる。この出版によって世界のロマニ語方言研究に大きく貢献することが出来ると考えている。
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Causes of Carryover |
当初の研究計画では年に2-3回の渡航による現地調査を行う予定であった。しかしながら調査地であるベラルーシ共和国は2020年夏に行われた大統領選後の政情不安により、渡航に危険が伴う可能性が生じた。それに加え、コロナウィルス蔓延により、渡航の可能性がほとんどなくなってしまった。これゆえに研究計画を大きく変更せざるを得なくなった。翻訳依頼等、遠隔でも行える言語資料集めにシフトすることになり、渡航費に充てる予定だった前年度の金額を言語資料収集のための業務依頼金・謝金に充てることを決めたが、翻訳業務に時間がかかり、業務従事者への支払いが行われていないためである。
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