2022 Fiscal Year Research-status Report

多文化国家オーストラリアの非白人系住民による新たな市民意識の形成に関する研究

Research Project

Project/Area Number	19K13460
Research Institution	Kanagawa University
Principal Investigator	栗田梨津子神奈川大学, 外国語学部, 准教授 (10632672)
Project Period (FY)	2019-04-01 – 2024-03-31
Keywords	新自由主義 / オーストラリア / シティズンシップ / 先住民 / 非白人系移民・難民
Outline of Annual Research Achievements	4年度は3年度に引き続き、新自由主義時代のオーストラリアにおいて「望ましくない」市民として社会的に排除された先住民と非白人系移民・難民間で形成されつつある新たな市民意識の実態を明らかにすると同時に、集団間の共存を志向する市民意識を理解するための理論構築を試みた。とりわけ、第三の市民像の例として、都市の貧困地区において非白人系住民の間で行われる自警活動や子守等の互助行為を通して生成される帰属意識に加え、2020年にオーストラリアで起こったブラック・ライブズ・マター運動において形成された先住民とアフリカ難民をはじめとする非白人系移民・難民の連帯を媒介とした市民意識について、関係者への聞き取り調査を通して考察した。とりわけ、先住民活動家グループによる独自のSNSの言説分析により、多文化主義下で温存される人種差別への「怒り」や「悲しみ」といった情動が喚起され、読者の間で情緒的連帯が形成されたことが、都市での抗議集会へ非白人系住民を動員する契機となったことを明らかにした。さらに、このようなオンライン上での成員間の対話を通して形成される市民意識について、人類学におけるコスモポリタニズム論を参照しながら考察し、それは西洋由来の普遍的シティズンシップとは異なり、オーストラリアの特定の地域に根差す「根を張った」シティズンシップとして捉えられることを示した。そしてそのようなシティズンシップは、国連や国家によって押し付けられる「上からのシティズンシップ」ではなく、特定の地域において草の根レベルで形成される「下からのシティズンシップ」であり、国家の枠組みを超えて、社会公正や正義を求める人々がグローバルでつながるトランスナショナルなシティズンシップとしての様相をも呈することを指摘した。これらの成果の一部は、国際学会と論文に発表した。
Current Status of Research Progress	Current Status of Research Progress 3: Progress in research has been slightly delayed. Reason 今年度は新型コロナウィルス感染症による渡航規制が解除され、オーストラリアへの渡航が可能となり、3年ぶりに現地調査を行うことができた。しかしながら、コロナウィルス感染症が完全には収束しないなか、とりわけ冬期において調査地の先住民コミュニティおよびアフリカ人難民コミュニティでは感染者が相次いだため、調査も限定的に行わざるを得なかった。そのため、昨年同様に、これまでのフィールドワークを通して既に得られたデータに加え、文献資料およびインターネット上で収集したデータの整理・分析が中心となった。これまでの研究成果を発表しつつあるが、現地での参与観察および聞き取り調査に基づく一次資料が依然として不十分なため、非白人性を軸とした第三の市民像の実態が十分に解明されたとはいえず、人種間融和を志向する市民意識をめぐる理論構築までには至っていない。そのため、昨年に引き続き総合的にやや遅れていると評価せざるを得ない。
Strategy for Future Research Activity	補助事業期間延長申請をし、認められた。今年度は新型コロナウィルスの感染状況が比較的落ち着いていると思われる秋期もしくは夏期に集中的に現地調査を実施し、現地調査で得た一次資料をもとに論文執筆を進め、研究の総括を行う予定である。
Causes of Carryover	今年度は延期していた現地調査を実施できたものの、新型コロナウィルスが完全には収束していない状況での調査であったため、期間を短縮せざるを得なかった。次年度は主にオーストラリアでの現地調査のために使用する予定である。同時に研究成果発表のための英文校正代等に使用することも視野に入れている。