2019 Fiscal Year Research-status Report
国際通商協定における社会的価値の実効的な確保のための制度設計に関する研究
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19K13523
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
秋山 公平 早稲田大学, 法学学術院, 助手 (50801081)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 自由貿易協定(FTA) / 社会的価値 / 労働・環境条項 / 国際規範の遵守確保 / 紛争解決・履行確保 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、自由貿易協定で発展してきた労働条項及び環境条項に生じつつある収斂に着目し、貿易自由化を主たる規律原理とする世界貿易機関の多角的枠組における労働や環境等の社会的価値の実効的確保手法について、国際法規範の遵守という理論的課題の観点から再検討するものである。労働・環境基準の不備を是正する有効な手段は通商制裁か、それとも他の協力的手法かが、この分野における最大の争点であり、国際法規範の遵守に関する理論的検討が本研究の基盤となると考えている。 令和元度は、主要国の労働・環境条項の遵守確保手続に収斂が指摘できるかを検討した。また、労働条項の下での初めての仲裁事例を分析した。 労働・環境条項の収斂度に関しては、米国、カナダ、EU、及びチリが締結する自由貿易協定の実体規定で、国際水準維持義務、国内労働・環境法令の効果的執行義務、及び逸脱禁止義務が挿入されており、それに加え、締約国間の協力や非国家主体の関与を伴う協力が規定される傾向があることが判明した。また、遵守確保手続では、二当事者関係を前提とする従来の紛争処理手続に加え、非国家主体の関与を伴う履行確保手続が挿入されていることもわかった。こうした手法が多角的枠組に応用可能かを今後検討していく。 仲裁事例は、グアテマラが中米自由貿易協定の規定する労働法令の効果的執行義務の遵守を怠ったとして、米国が仲裁パネルの設置を要請したものである。日本を含む複数の国がこの義務を採用しており、本件はその実際の運用に重要な指針を与える。本件では効果的執行義務を構成する諸要素に関し解釈が示され、それにより協定不遵守の主張又は抗弁の態様が一定程度判明したことが重要である。現状、その不遵守の認定は厳格な要件の下でなされているが、仲裁パネルは、経済学的に証明困難とされてきた、団結権等の否定による貿易への悪影響を推定しており、今後の事例の蓄積が待たれる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画で示した研究課題の内、本年度取り組んだのは、第一の、国際法規範の遵守に関する理論的研究、第二の、労働・環境条項の収斂度及びその遵守確保手続の性質決定に関する研究である。第一の課題は4年間の継続を当初から予定している。 第二の課題に関しては、この分野の規範形成を牽引する米国、EU、カナダ、及びチリの協定を比較することで、目的をおおむね達成したと考えている。公表した成果では、第一の課題である国際法規範の遵守との関連性を指摘するため、国際法規範の不遵守の要因を国家の意図に求めるか否かにより、労働・環境条項の遵守確保制度の設計も異なり得ることを示した。もっとも本年度は、条文上の制度の比較にとどまり、その運用実績の比較検討には至らなかった。しかし、これは研究を進めて新たに判明した課題であり、また既に国際機関が公表した報告書の分析は終えている。来年度以降の研究課題と併せて、今後分析を実施していくことが十分可能であると考えている。また、当初の予定では、現段階で、労働・環境条項の遵守確保手続の性質決定を行う予定であった。しかし、この点は、環境や人権などの他の国際法分野の遵守確保手続、及び世界貿易機関における紛争処理の性質を特定した上で判断するのが適切であると判断した。他の国際法分野の遵守確保手続については第一の研究課題で、世界貿易機関の紛争処理手続の性質については来年度以降の第三の研究課題での検討を当初から想定していた。労働・環境条項の遵守確保手続の性質決定については、これらの研究課題の検討を終えた上で、研究全体を統合する過程で行うこととする。 以上のように、当初の計画とは若干異なるものの、現段階での結論付けを今後の研究の進展に委ねる部分もあることから、研究計画に大きな遅れを生じさせるものではなく、現在までの進捗状況としては、おおむね順調に進展していると評価している。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの検討で、労働・環境条項の実体規則に共通性を指摘でき、遵守確保手続では、二紛争当事国間の紛争の存在を前提とする従来の紛争処理手続に加え、行動計画の策定や技術的援助を含む、非国家主体の関与を伴う協力的手法が併置されていることが判明した。研究目的を達成するには、これらの二国間又は複数国間で進展しつつある国家実行を多角的枠組に応用可能かを検討していく必要がある。 来年度も検討を継続する第一の課題に関しては、他の国際法分野、特に国際環境法における不遵守手続の国際法上の位置づけを考察する。同手続は、加害国と被害国の存在を前提とする、従来の紛争処理手続とは異なるものとして議論されてきた。この議論は、締約国間の二国間の権利義務のバランスを前提とすると考えられてきた国際通商協定において、公的側面を有すると考えられる社会的価値をいかに考慮していくかを検討するにあたり一定の示唆を有すると考える。また、労働・環境条項の遵守確保手続で重視される非国家主体の関与に関し、国際法規範の正統性確保がその遵守確保に与える影響を考察する。 令和元年度に重点的に取り組むのは、研究計画上の第三の課題である世界貿易機関における紛争処理の性質の特定である。国際通商協定上の権利義務関係は二当事国間のバランスを達成するものであり、その紛争処理手続も私法的性質を有すると主張されてきた。他方で、1995年の世界貿易機関発足以降、同機関及びその紛争処理手続の目的は国際通商秩序の維持発展という客観的目的の達成にあるとも主張されている。社会的価値の実現も国際通商秩序の維持発展に不可欠であるとなれば、労働・環境条項上の制度を多角的枠組に応用することも可能かもしれない。 以上の検討を経て、第四の課題では、途上国の実行も加味して上記第二の課題で得た分析結果の普遍性を検証し、最終年度では第一から第四の研究課題の統合を目指す。
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Causes of Carryover |
平成31年度の研究成果である「自由貿易協定(FTA)に含まれる労働・環境条項の遵守確保手続の特徴」『フィナンシャル・レビュー』通巻140号、61-87頁は、年度内に英文で公表することを目指いしていたが、出版スケジュール等の関係で実現することができなかった。次年度使用額は、その英文原稿の校正費用に充てる予定であった。しかし、英文原稿については既に、‘Characterristics of the Securing Compliance with Labour and Environmental Provisions Included in Free Trade Agreements (FTAs)’として財務省財務総合政策研究所刊行のPublic Policy Reviewに掲載されることが決定しており、また2020年3月にはこの英文原稿の校正作業は終了している。次年度使用額はこの校正段階で生じた費用に充てる。
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