2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K13544
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
菊地 一樹 早稲田大学, 法学学術院(法務研究科・法務教育研究センター), 講師(任期付) (70734705)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 自律 / 自由 / 強制 / ゆすり |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、犯罪の成否に影響を与える法益主体の「自律」の意義と限界を明らかにすることである。そのための第一のステップとして、本年度は、自律的な意思形成を阻害する要因となりうる「強制」概念の輪郭を明らかにするため、「ゆすり(blackmail)」の当罰性について研究を進めた。 不倫や過去の犯罪歴など、人の弱みにつけ込んで金銭を要求する「ゆすり」行為は、相手に心理的圧迫を生じさせる行為であり、我が国ではその当罰性が自明視されている。しかし、ゆすりは、本来公開されても仕方のない情報を、金銭の支払という条件付きではあるものの、そのまま隠し通せるという新たなチャンスを提供する行為であり、その意味では、被害者の選択を奪うのではなく、むしろ拡張しているという側面もある。そのため、アメリカでは、ゆすりの処罰の正当性をめぐって、古くより豊富な議論の蓄積が存在しており、中には、その当罰性を否定するという、ラディカルな見解も主張されている。 そこで、本研究では、ゆすりの当罰性をめぐるアメリカの議論の蓄積を調査し、法原理的な視点から分析を行った。その結果、アメリカの議論では、ゆすりの不正さの根拠を、①過剰な利益の搾取、②支配(服従)関係の創出、③他人の交渉材料へのただ乗り、④行為者の悪しき意図、⑤社会への悪影響などに求める見解がそれぞれ主張されているが、いずれもゆすりの不正さの論証には成功しておらず、当罰性否定説にも理論的な可能性が認められることが明らかになった。以上の議論は、ゆすり以外の強制行為の可罰性を限界づける際にも有益な視点を提供するものである。なお、以上の研究成果は、菊地一樹「ゆすり(blackmail)の当罰性─適法行為を告知内容とする強制をめぐって─)」早稲田法学95巻4号において近刊予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「ゆすり」の当罰性についての調査・分析は、「強制」概念の輪郭を明らかにするための予備的作業という位置づけであったが、アメリカの議論の蓄積を分析する過程で、ゆすりに固有の議論にとどまらず、強制の本質を解明するための豊富な示唆を得ることができたことは大きな収穫であった。 他方で、アメリカにおけるゆすりの議論の蓄積が予想外に膨大であり、関連する法哲学や経済学の議論も参照したため、成果をまとめるのに多くの時間と労力を費やしたことで、計画よりも若干の遅延が生じている。 以上、総合すれば、おおむね順調に進展していると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは、本年度の研究に引き続き、「強制」概念の輪郭にさらに明らかにするため、刑法における「搾取」概念について研究を進める。アメリカの議論でも、ゆすりの不正さの根拠を、情報の沈黙と見合わないような、過剰な利益の「搾取」に求める見解が存在していたが、ここでいう「搾取」の意義と不法の内実は必ずしも明らかではない。他方で、「搾取」と見られる行為を処罰する規定は珍しいものではなく(ドイツ刑法291条は暴利罪を規定する。)、我が国でも、出資法における高利貸しの処罰を、その例と見ることが可能である。そこで、今後の研究では、こうした具体例を素材としながら、刑法における「搾取」の位置づけを分析し、「強制」概念との異同を明らかにする。 また、同時に、法益主体の自律の実現が問題となる一場面である「仮定的同意」についての研究も進める。本課題に取り組む以前に、仮定的同意については一定の検討を加えているが(菊地一樹「いわゆる仮定的同意について─患者の自律性の観点から─」早稲田法学会誌67巻2号(2017年))、近時では、この概念の背任罪への転用可能性がドイツで盛んに議論されており、それを認める裁判例も現れるに至っていることから、新たな検討の必要が生じている。このテーマに関しては、すでに予備的な検討が完了しているため、効率的に研究を進めることが期待できるものと思われる。
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Research Products
(1 results)