2020 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K13818
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Research Institution | Matsuyama University |
Principal Investigator |
吉野 直人 松山大学, 経営学部, 准教授 (20710479)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 高リスク組織 / 安全管理 / 規則 / 官僚制 / 安全文化 / 組織ルーティン / 社会物質性 / レジリエンス |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は,高リスク組織の安全管理のあり方を理論的・経験的に検討することであり,今年度の研究実績は以下の2点である。 第一に,昨年度の組織ルーティン研究に関する研究成果を踏まえ,高リスク組織の安全管理において重視されてきた安全文化アプローチの問題点を検討した。安全文化はデカルト以来の心身二元論に基づくアプローチのため,安全文化として掲げられた規準の適用を巡って無限後退に陥るという問題点を抱えている。そこで文化のような認知枠組みではなく,実践の内に観察される行為の型すなわち組織ルーティンに注目する必要性が生じる。この点で,高リスク組織の中でも高い信頼性を実現している組織は,「失敗にこだわる」「単純な解釈を避ける」「オペレーションに敏感になる」「レジリエンスに全力を注ぐ」「階層組織に依存しない」といったルーティンを持ち,これを遂行する現場の実践に多様性が見られるため,不測の事態への柔軟な対応が可能になっていると考えられる。 第二に,高信頼性組織のルーティンの1つであるレジリエンスの実践において生じる問題点を検討した。第一に,標準化がレジリエンスを駆動する側面である。先行研究では標準化とレジリエンスの二項対立が想定されてきたが,本研究では標準化の程度を緩めることでレジリエンスのポテンシャルを損なわれる可能性を指摘した。第二に,レジリエンスによって安全の判断基準がドリフトする側面である。規則の遂行には行為者の解釈が入り込む。一方ではこれがレジリエントな実践を生み出すが,他方では判断基準を不安全な方向へドリフトさせ,気づかぬうちに重大事故を招く可能性がある。第三に,レジリエンスが他の実践と機能的不協和を起こす側面である。レジリエントな実践は公式の規則から切り離された現場固有のルーティンを生み出す場合があり,これが他の実践と不整合を起こすと重大事故を招く可能性がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究で取り組む研究課題は,(1)組織ルーティン,官僚制,組織の学習と失敗に関する研究を理論的基盤としつつ,規則や文化を中心とした伝統的な安全管理モデルを批判的に検討すること,(2)社会物質性やレジリエンスなどの概念に依拠しつつ,規則や文化に代わる安全管理モデルを探求すること,の2点である。昨年度は組織ルーティン研究と社会物質性に関する理論・実証研究を進めてきたが,今年度は組織学習とレジリエンスに関する理論研究を中心にプロジェクトを進めた。 組織学習に関しては,高信頼性組織の学習プロセスに関する理論研究を行い,研究成果を大学紀要にて公刊した。先行研究では組織成員の行為を統制する認知枠組みの変化を学習と捉え,安全文化の醸成が喫緊の課題であると考えられてきた。だが,本研究がこれまで検討してきた組織ルーティンの観点からすれば,高信頼性組織の学習はむしろ現場の実践レベルで展開され,認知的には安定的なパターンが形成されている。したがって安全管理においては,組織のルーティンやその遂行状況に注目する必要性がある。 レジリエンスに関しては,昨年度は安全管理の手段としてレジリエンスの可能性を検討したが,今年度はレジリエンスを過信することで陥る罠について検討した。現場のレジリエンスは状況適応的な学習プロセスだが,これが組織事故を招くというのは学習のパラドクスともいえる現象であるため,今後,組織学習の議論と関連させてさらに検討していく必要がある。今年度は以上の研究成果をまとめてディスカッション・ペーパーを発行し,さらに内容を一部改稿したものが日本情報経営学会誌に掲載される予定である。 今年度は新型コロナウイルスの影響で実証研究を進めることができなかったが,昨年度とは異なる領域あるいは着眼点にて以上の理論研究を進め,成果発表することができたことから,「おおむね順調に進展している」と判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度も新型コロナウイルスの感染状況が収束しないことが予想されるため,理論研究を中心に,以下の計画にてプロジェクトを進める予定である。 第一に,組織ルーティン研究の体系的なレビューを行う。今年度の研究成果から,高リスク組織の安全管理において組織ルーティンが重要な概念になることが明らかとなった。同概念については初年度に最新の研究動向をレビューしたが,今年度はこの成果を発展させて,組織ルーティン概念の学説史的変遷を整理し,今後の理論的・方法論的課題を展望したレビュー論文を執筆する。本研究は組織学会が企画した「組織論レビュー」特集に採択されているため,研究成果を学会発表や学会編集の論文集にて公刊する予定である。 第二に,官僚制組織の創造性に関する理論研究を行う。一般に官僚制は硬直的な組織の代名詞として理解され,組織のイノベーションや柔軟性を阻害すると考えられてきた。これは組織ルーティンに対する誤解,つまり組織の実践が反復的であるというイメージに起因するものだが,本プロジェクトの研究成果を踏まえれば,ルーティンは組織成員に遂行されるなかで維持されているものであり,その実践は柔軟性に富むものである。本研究ではこうした組織ルーティンの遂行性の視座から,官僚制組織の創造的側面について検討する。研究成果は経営学史学会の叢書に収載され,公刊される予定である。 第三に,規則と組織事故の関係を再考するための理論研究を行う。先行研究では規則の逸脱が組織事故を招くと考えられてきた。だが組織ルーティンの遂行性や今年度のレジリエンスの罠に関する研究を踏まえれば,規則を遵守していても事故が起きるケースや規則から逸脱していても安全性を達成できるケースが想定される。これらは先行研究では見落とされてきた事象であり,これまでの研究成果および事故社会学や組織学習の観点から理論的な裏付けを行う。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの感染拡大により,学会参加や研究支援・協力者との研究会,調査の交渉・打ち合わせにかかる旅費を使用しなかったため,次年度使用額が生じるに至った。次年度は理論研究に重点を置くため,文献レビューで必要な書籍や論文,プリンタ関連の消耗品などの消耗品費,英語の書籍や論文のOCR処理業務を外部業者に委託する際の外注費に充てたいと考えている。
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Research Products
(2 results)