2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K14615
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
白石 直人 学習院大学, 理学部, 助教 (30835179)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 非平衡統計力学 / 孤立量子系の熱化 / 緩和過程 / ゆらぐ系の熱力学 / 可積分系 / 情報統計力学 / エントロピー生成 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は「A:非可積分性と熱平衡化」「B:ランダム系の熱化の不在」「C:緩和過程の熱力学的特徴付け」の三つの方向性で研究している。 Aについては、非可積分系であることが強く予想されていたS=1/2の1次元磁場ありXYZ模型が、確かに非可積分である(非自明な局所保存量を持たない)ことを厳密に証明することに成功した。これは非可積分性が厳密に証明された初めての例であり、これまで可積分系・カオスの研究領域における「非可積分性は厳密には示しえず、数値実験や状況証拠から示唆するのみであろう」という通念を打ち破る重要な結果である。 Bについては、グラフ上の最適化問題で、標準的なアルゴリズムではその最適化問題を解くことができないようなグラフを具体的に構成することに成功した。従来の研究ではランダム平均をとったうえでの性能評価・計算困難性の議論が多かったため、グラフの細かい構造は解析しづらかったが、今回の結果は極めて具体的かつ構成的なグラフにおける最適化問題の計算困難性を証明付きで構成しており、情報統計力学分野における意義も大きいと考えている。 Cについては、緩和過程に特有の、エントロピー増加量に対する熱力学第二法則よりも強い不等式を導出することに成功した。この不等式は、エントロピーの増加量が、緩和過程では始状態と終状態との距離で押さえられるという結果を示している。エントロピー増加量はその過程の熱力学的不可逆性の度合いを表すものであり、緩和過程特有の制限は緩和過程の熱力学的特徴を浮き彫りにするものでもある。非平衡統計力学の研究領域では「第二法則よりも強い不等式」の研究が活発に行われているが、それらは速い操作や流れのゆらぎなどに着目したものが多く、今回のような緩和過程に着目する研究は新しい方向性を示している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は「A:非可積分性と熱平衡化」「B:ランダム系の熱化の不在」「C:緩和過程の熱力学的特徴付け」の三つの方向性を柱としており、研究計画一年目の今年度はそれらの研究を並行して推し進めた。 Aについては、研究計画に記した通り、S=1/2の1次元磁場ありXYZ模型の非可積分性の厳密証明を与えることに成功した。予想した通り、物理量同士の代数的な関係が重要な役割を果たすことも併せて明らかになった。Aは当初の計画通りの順調さで研究が進んでいる。 Bについては、研究計画に記した通り、あるグラフ上の最適化問題(最大独立集合問題)が標準的なアルゴリズムで計算困難になるようなグラフを具体的に構成することが出来た。特に計算困難性の証明では、このグラフが局所的には木グラフ(最適化問題が簡単に解けるグラフ)とほぼ同等であることも示しており、計算困難性が局所的要因ではなく大域的要因であるという予想を裏付けている。Bもまた当初の計画通りの順調さで研究が進んでいる。 Cについては、研究計画で予想した通りの形で、目標としていた緩和過程におけるエントロピー増加量に対する不等式の証明に成功した。この不等式は、始状態と終状態の距離でエントロピー増加量を下から評価するもので、緩和過程の熱力学的不可逆性の特徴を厳密に示したものである。Cは最終目標としていた証明が一年目で達成され、極めて順調に研究が進んだ。 なお、2020年に入ってから、感染症COVID-19の世界的流行に伴い、研究会への出席や出張等は困難となり、計画していた出張と成果発表・情報収集・議論等は一部キャンセルせざるを得ず、計画の変更が必要となった。
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Strategy for Future Research Activity |
「A:非可積分性と熱平衡化」「B:ランダム系の熱化の不在」「C:緩和過程の熱力学的特徴付け」の三つの方向性それぞれについて記す。 Aについては、一般的な構造を理解するには、非可積分性が厳密に証明出来る他の系の場合との比較が必要不可欠であるため、今回証明した系以外の非可積分系で非可積分性の厳密証明を行うことを考えている。複数の系の解析の比較によって、物理量の代数構造がどのように非可積分性に寄与しているかを明らかにする。同時に、熱化の有無の判定がどのような形で可能なのかの検討も含めて、考察を進めていく。 Bについては、具体的なグラフにおける計算困難構造の証明には成功したが、無限次元で複雑につながりあうグラフの大域的構造を特徴づける数学的な記述法は発達していないため、このグラフの解析を深めていくことはやや難しい課題となることが予想される。そのため、無限次元ではなく低次元における構成的なランダム系で、類似の例を明らかにしていくことは重要だろうと考えている。 Cについては、すでに目標を達成できたため、今後は本研究の土台にある熱力学第二法則の側をさらに掘り下げ、それを通じて熱力学的不可逆性の本質を緩和過程・一般の過程ともに明らかにしていくことを考えている。具体的には、そもそもの基礎にある熱力学第二法則がどのようなときに等号達成できるか、という問題に取り組むことで、熱力学的不可逆性の度合いを上下から評価していくことを計画している。 なお、研究計画全般について、感染症COVID-19の世界的流行により、出張等が困難となる時期が続くと考えられるため、特に海外に向けての成果発表・情報交換は2021年度以降に延期し、状況を見て柔軟に対応する。
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Causes of Carryover |
本年度に購入予定だった計算機や出張等について、所属大学からの支給・補助が行われたため購入の必要がなくなったこと、及びCOVID-19の世界的流行に伴う出張の取りやめにより、一部の予定していた出張が行えなくなったことにより、当初の予定よりも予算使用額が少なくなり、これらは次年度以降に使用することにした。 次年度は、行えなかった成果発表や議論のために活発に出張を行いたいが、それが実行できるかはCOVID-19の終息状況次第なので、情勢を見て次次年度以降への繰り越しも含めて柔軟に対応する。当該情勢により、オンラインによる遠隔での講演や議論の必要が生じているため、その環境整備にも予算を使用する予定である。
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Research Products
(12 results)