2020 Fiscal Year Research-status Report
波紋秩序状態の起源解明および実物質での実現可能性-新たな磁気構造物質の創出-
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19K14665
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Research Institution | Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University |
Principal Investigator |
下川 統久朗 沖縄科学技術大学院大学, 量子理論ユニット, 研究員 (20633853)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | フラストレーション / 多重q秩序状態 / スピン液体 / 数値計算 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は量子スピン液体候補物質Ca10Cr7O28を念頭にS=1/2 二層カゴメ格子模型の研究を進めた。波紋秩序状態を見出すことに成功した古典フラストレートハニカム格子磁性体は対応する物質例が非常に少ない。一方でこのCa10Cr7O28はその低温物性が古典フラストレートハニカム格子磁性体として記述出来ることが最近の理論研究で報告されており、波紋秩序状態の実現可能性を探る上で非常に興味深い研究対象である。
この物質の中性子散乱実験の結果には、低エネルギー側にフラストレートハニカム格子由来のring型のスピン相関が、中・高エネルギー側にはカゴメ格子由来のbow-tie型のスピン相関の発達が報告されていた。理論先行研究としては半古典的な分子動力学法に基づいた動的構造因子の計算が有限温度下で行われていたが、量子系の絶対零度下での理論計算が強く求められていた。
そこで我々は飽和磁場近傍に特化した厳密対角化コードの開発に着手した。このコードでは従来の厳密対角化コードの限界を大きく超える2000サイト規模の有限系を厳密に取り扱った上で低エネルギー状態の性質を調べることが可能である。中性子散乱実験より得られた物質の相互作用パラメータを用いて動的構造因子を計算したところ、低エネルギー側にring型の、中・高エネルギー側にbow-tie型のスピン相関を明瞭な形で捉えることができ、Ca10Cr7O28の中性子散乱実験の結果を再現することに成功した。S=1/2 二層カゴメ格子模型に関するこれらの研究成果は前年度までに得られた結果と合わせる形で現在論文を執筆中である。さらに開発した厳密対角化コードのオープンソース化にも着手しており、こちらに関しても公開用のコードと対応する論文を執筆中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度は量子スピン液体候補物質Ca10Cr7O28の低温・磁場下の量子物性に関する理論研究を大きく進めることが出来た。中性子散乱実験より見積もられた相互作用パラメータにおいては波紋秩序状態の実現は確認できなかった。しかし飽和磁場近傍に特化した新しい厳密対角化コード開発の成功や、それを用いてこの物質の有効模型であるS=1/2 二層カゴメ格子模型に一切近似を加えることなく、中性子散乱実験の結果を再現出来たことは大きいと考えている。二層カゴメ格子模型に関する計算結果は現在前年度の結果と合わせる形で論文を執筆中であり、また開発した対角化コードのオープンソース化および関連論文の執筆にも着手出来ている。
さらにS=1/2 二層カゴメ格子模型での今後の展開を見据えた上で量子フラストレート系での有限温度相転移をquantum typicality法で検出可能かどうかを調べた研究をS=1/2 Shastry-Surtherland模型を例として行っており、本研究成果はPhys. Rev. Bで出版させることが出来た。本研究成果の一部は上記で開発した対角化コードを利用して得られており、オープンソース化の前に本コードの汎用性の高さを示すことが出来たとも考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は中性子散乱実験で得られた相互作用パラメータだけでなく、より広いパラメータ領域を取り扱うことでS=1/2二層カゴメ格子模型に現れる低温物性を網羅的に調べる予定である。関連して、本科研費より新しく購入予定の計算機を用いて厳密対角化コードの更なる高度化を行う。Quantum typicality法の実装などを行い、S=1/2 二層カゴメ格子模型における飽和磁場近傍の有限温度下の物理量の振る舞いをより大規模な系で詳しく調べる。古典系・量子系でこれまでに得られた計算結果を踏まえた上で、Ca10Cr7O28における波紋秩序状態の実現可能性を明らかにする予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナの影響で国内外で開かれる予定であった研究会・会議が延期または現地開催が不可になったためである。一方で2020年度は飽和磁場近傍に特化した新しい厳密対角化コードの開発に成功している。現状のコードは絶対零度下における静的・動的な物理量を計算する機能が備わっているが、有限温度下の物理量の計算、特に大規模な系での計算には適していない。次年度への繰越金を用いて必要な計算機およびコンパイラを揃えコードの高度化に取り掛かり、大規模な系を取り扱った上で有限温度下の物理量の振る舞いを調べる。また計算データ保管用の外部ハードディスクを追加で購入する。またオンラインで開催予定の研究会・会議への参加登録費用も繰越金から捻出する予定であり、現在のところ日本物理学会の年次・秋季大会やアメリカ物理学会のMarch meetingでの成果発表を想定している。
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Research Products
(6 results)