2021 Fiscal Year Research-status Report
スルメイカ視神経節において発現するアスパラギン酸ラセマーゼに関する研究
Project/Area Number |
19K15911
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Research Institution | Tokyo University of Marine Science and Technology |
Principal Investigator |
小山 寛喜 東京海洋大学, 学術研究院, 助教 (20746515)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | D-アスパラギン酸 / アスパラギン酸ラセマーゼ |
Outline of Annual Research Achievements |
頭足類の神経系には多量のD-アスパラギン酸が存在し、神経伝達物質としての機能が示唆されている。スルメイカTodarodes pacificusでは神経系にD-アスパラギン酸が特異的に存在し、視神経節においては全アスパラギン酸の約50%がD体である。D-アスパラギン酸はアスパラギン酸ラセマーゼと呼ばれる酵素によってL体から生合成されていると考えられているが、その遺伝子は少数の生物においてのみ明らかになっているに過ぎない。 したがって本研究では、スルメイカ視神経節からのアスパラギン酸ラセマーゼ遺伝子クローニングを目的とした。スルメイカ視神経節からアスパラギン酸ラセマーゼ遺伝子の候補がクローニングされたが、大腸菌などの様々な発現系を用いてリコンビナントタンパク質発現を行ったものの、すべてにおいて活性は得られなかった。したがって、新たなアスパラギン酸ラセマーゼ遺伝子候補の探索が必要と考えられ、発現クローニングを行うことにした。 はじめにスルメイカ視神経節由来のcDNAライブラリーの作製および分割を行った。分割後、小麦胚芽抽出液を用いて無細胞系での発現を行い、各プールにおけるアスパラギン酸ラセマーゼ活性を測定したが、活性の検出には至らなかった。また、RNA-Seq解析を行い、スルメイカの視神経節、筋肉および肝臓において発現している遺伝子を網羅的に調べたが、新たなアスパラギン酸ラセマーゼ候補遺伝子は発見できなかった。しかしながら、視神経節のみで特異的に発現しているアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子の存在が明らかとなった。アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼはL-アスパラギン酸の生合成に関与する酵素であるが、副産物としてD-アスパラギン酸も生合成される可能性も考えられる。したがって、現在、大腸菌を用いてこの酵素を発現させ、D-アスパラギン酸生合成能の有無を調べている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
昨年度、発現クローニングに用いるスルメイカ視神経節由来のcDNAライブラリーを作製したが、サイズが小さかったため、再度ライブラリーの作製を行った。サイズを計測したところ、昨年度よりも大きく、約90,000クローンであった。発現クローニングを行うためのサイズとしてはまだ小さかったが、このライブラリーを用いて実験を行った。まず、ライブラリーを約500クローンずつに分割し、小麦胚芽抽出液を用いてタンパク質発現を行った。それぞれの発現タンパク質溶液に対し、L-アスパラギン酸および補酵素としてピリドキサール5’-リン酸を加え、37度で一晩のインキュベートを行った。反応終了後、高速液体クロマトグラフィーを用いてD-アスパラギン酸の検出を試みたが、アスパラギン酸ラセマーゼ活性を有するプールはまだ検出されていない。今後は、まだ活性測定を行っていない残りのプールについて順次活性を調べる予定である。 また、スルメイカ視神経節、筋肉および肝臓を試料としてRNA-Seq解析を行ったところ、視神経節で特異的に発現するアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子の存在が明らかとなった。アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼによりD-アスパラギン酸が副産物として生じる可能性もあるため、この酵素を大腸菌発現系を用いて発現させた後、活性測定を行う予定である。 当初の研究計画より遅れることとなった理由としては、発現クローニングを行うためのライブラリーの作製に時間を要したことや、コロナウイルスによる感染症対策の影響で研究室での実験が充分にできなかったためである。
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Strategy for Future Research Activity |
現在、新たに作製したスルメイカ視神経節由来のcDNAライブラリーを用いて、発現クローニング法によりアスパラギン酸ラセマーゼ活性を行っている。今後はまず、すべてのクローンにつき活性測定を行う。活性が検出された場合には、ライブラリーをより細かく分割した上で再度発現クローニングを行い、最終的にアスパラギン酸ラセマーゼ遺伝子の単離を試みる。 全90,000クローンにおいて活性が検出されなかった場合は、ライブラリーサイズが小さいことが原因の一つと考えられるため、1,000,000クローン以上となるような大きなサイズのライブラリー作製を試みる。新たなライブラリー作製の際に、試料として用いるスルメイカ視神経節は既に入手しているため、すぐに開始できる状態である。 今回の発現クローニングでは小麦胚芽抽出液による無細胞系でタンパク質を発現させたが、ライブラリー作製に用いたベクターは動物細胞発現にも対応するため、活性が検出されなかった場合は動物細胞を用いた発現クローニングも検討する。アスパラギン酸ラセマーゼ遺伝子が単離された場合は、他生物種の各種アミノ酸ラセマーゼ遺伝子との分子系統関係を詳細に調べる。さらにリコンビナントタンパク質を用いて、酵素学的特徴を明らかにする。 また、RNA-Seq解析により、スルメイカ視神経節で特異的に発現するアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ遺伝子のcDNA断片が発見された。アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼがL-アスパラギン酸を生合成する際の副産物としてD体も生成している可能性もあるため、大腸菌を用いたリコンビナントタンパク質発現を行い、D-アスパラギン酸合成能を調べる。 以上に示した方法を用いて、スルメイカからD-アスパラギン酸の生合成に関与する酵素の遺伝子を同定するとともに、酵素学的諸性質も明らかにする。
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Causes of Carryover |
令和3年度中にcDNAライブラリーを作製し、発現クローニング法によりアスパラギン酸ラセマーゼ遺伝子を単離する予定であったが、充分なサイズのcDNAライブラリーの作製が困難であり、時間を要してしまった。さらにコロナウイルス感染症対策のため、実験室での研究に制限があったこともあり、当初の予定よりも進まなかった。現在は、新たに作製したライブラリーによる発現クローニングを実施し、アスパラギン酸ラセマーゼ活性の検出を行っている段階であり、遺伝子の単離までは進んでいない。したがって、遺伝子単離後の実験費用として計上した予算が使えず次年度使用額が生じた。 令和4年度は発現クローニングを行うとともに、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼのD-アスパラギン酸合成能についても調べるので、未使用額をこれらの研究に必要な試薬や実験系プラスチックの購入費用として使用する予定である。
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