2021 Fiscal Year Research-status Report
栄養環境刺激がメダカの精子および次世代初期胚へもたらすエピゲノム変化の解析
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19K16036
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
井上 雄介 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (50814448)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 高脂肪食 / 卵成熟 / 卵黄 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、ゲノム科学の優れたモデル生物であるメダカを用い、親個体に対する高脂肪食投与が生殖細胞および次世代個体にどのような変化をもたらすかを明らかにすることを目指す。当初は父親個体に対する高脂肪食(High-fat diet : HFD)投与の影響を解析していたが、次世代個体にほとんど変化が生じなかったため、2020年度より母親個体に対する高脂肪食投与に実験系を切り替えている。 2020年度までに、母親HFD群ではコントロール(Control diet : CD)群と比較して受精率および正常発生率が低下すること、および胞胚において転写・翻訳関連の遺伝子群の発現が低下していることを見出していた。2021年度はサンプル数を増やして上記の現象の再現性を確認したほか、HFDが母体の卵成熟機構に与える影響の解析を進めた。 まず卵巣の組織像観察を行った結果、HFD群ではCD群と比較して卵巣が肥大化しており、また異常な形態を示す卵母細胞が高頻度で観察された。続いて卵成熟を制御する視床下部―脳下垂体―生殖線軸に着目したところ、HFD群では脳下垂体における黄体形成ホルモン(LH)の発現量は変化していないものの、卵胞刺激ホルモン(FSH)の発現量が上昇していることがわかった。さらに、HFD群では肝臓においてエストロゲン受容体や卵黄タンパク質の発現量が低下していることも分かった。以上より、HFD群においては生殖腺刺激ホルモンの分泌量変化や卵黄タンパク質の発現低下が卵成熟異常をもたらし、受精率低下や次世代胚の発生異常を引き起こしている可能性が示唆された。 なおHFD群の次世代胚における翻訳関連遺伝子群の発現低下の結果を踏まえ、翻訳低下が次世代胚の発生異常に寄与している可能性を考えた。そこでまず胞胚でのタンパク質生合成の定量実験を試みたが、現在のところ両群間で有意な差は見出されていない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
母親個体に対する高脂肪食投与の飼育条件を確立し、高い再現性で母親個体の肥満や受精率の低下、および次世代胚の発生異常を誘発させることが可能となった。この実験系を用い、視床下部―脳下垂体―生殖線軸を中心に母体の卵成熟制御機構を解析していった結果、HFD群において卵巣の肥大化やFSHの発現の亢進、卵黄タンパク質の発現低下などの明確な表現型変化を見出すことができた。これらの母体側の変化は次世代胚の発生異常の起因となっている可能性が高く、母体の高脂肪食摂取が次世代胚の発生異常を引き起こすまでの一連の現象を明らかにしていくうえで大きな進展となった。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度はHFDが母体の卵成熟過程に与える影響をより詳細に解析していくとともに、卵成分にどのような変化が生じているかを明らかにすることを目指す。 1. 母体の卵成熟過程への影響の解析:まず高脂肪食摂取が卵成熟に生じさせる変化をより詳細に記載するために、卵巣内の卵胞の観察をさらに進める。具体的には、卵巣内の卵胞を発達段階毎に分類しカウントを行ったり、組織像観察を行ったりすることにより、高脂肪食摂取により卵胞発育のどの段階に異常が見られるか、またどのような形態異常がみられるかを調べる。また、脳下垂体においてFSH発現上昇をもたらす機構に関しては、哺乳類において視床下部―脳下垂体―生殖線軸に影響を与えることが示唆されているレプチンやインスリンシグナルに着目し解析を進めていく。 2. 卵内成分の変化:これまでの研究で次世代胚において多数の遺伝子の発現変化が見出されたが、これが母性RNA、胚性RNAのいずれの変化を反映しているかは明らかでなかった。そこで母性RNAに生じた変化を厳密に同定するために、未受精卵のRNA-seqを行う。一方、2021年度には肝臓における卵黄タンパク質遺伝子vitellogeninの発現低下を見出したが、vitellogeninは卵黄の主成分となるだけでなく脂質やビタミン類の運搬も担うことが報告されているため、卵内の代謝産物にも何らかの変化が生じている可能性が想定される。そこで、未受精卵のvitellogeninタンパク質のウエスタンブロットや、脂質・水溶性代謝産物のメタボローム解析を進めることで、高脂肪食投与により変化する卵黄成分を同定する。
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Causes of Carryover |
当初は未受精卵のmRNA-seq、卵黄成分のメタボローム解析の試薬の購入に費用を充てる予定であったが、2021年度は2020年度までの結果の再現性の確認や母体側の表現型記載を優先して進めたため、上記の解析を2022年度に持ち越すこととなった。 本費用は未受精卵のmRNA-seq、卵黄成分のメタボローム解析の試薬の購入に充てるほか、高脂肪食が母体の視床下部-脳下垂体-生殖腺軸に与える影響を解析する上で必要となる試薬類(抗体類やリコンビナントタンパク質等)の購入に用いる予定である。
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