2019 Fiscal Year Research-status Report
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19K16202
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Research Institution | University of Miyazaki |
Principal Investigator |
名倉 悟郎 宮崎大学, フロンティア科学総合研究センター, 助教 (50823423)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 休眠 / 兄妹関係 / 適応形質の選択 / 交換哺育 / マウス / 食糞 / 血液性状 |
Outline of Annual Research Achievements |
動物が厳しい自然環境を生き抜く為には自身がもつ適応形質から現況に適したものを判断し発現しなければならない。しかしその判断は往々にして一様でなく、同種でも個体・集団のレベルでばらつきが見られる。こうした動物の意思決定の違いが何に起因しているのかは殆ど分かっていない。これまで申請者は小型哺乳類の適応形質のひとつ「休眠」に着目し、その発現頻度が成熟したひと腹の兄妹内で異なること、更にその個体差が胎仔期または乳仔期に生じる「兄妹内の競争」に起因する可能性を示してきた。本研究ではこの仮説を検証する為に、生涯を通して成育履歴を追跡できるマウスを用いて、胎仔期に生じる子宮内環境の不均一性や乳仔期の兄妹関係を精査し、これらが成熟後の休眠発現に及ぼす影響を明らかにする。これらの結果は、動物の意思決定と適応形質の進化に対し、哺乳類特有の兄妹関係がどのように関係してきたのかを解明する新たな知見を提供する。 本年度は出生時に交換哺育を行うことで胎仔期までの兄妹関係を解消させ、乳仔期からの新たな兄妹関係が成熟マウスの休眠発現頻度に及ぼす影響について検証をおこなった。その結果、新たな兄妹関係よりも胎仔期までの兄妹関係の方が休眠発現に強く影響する可能性が示唆された。しかしながら統計学的に必要十分といえるデータ数に達していないことから、現在も追加試験をおこなっている。また本年度はマウスの休眠発現の個体差に影響し得る別のふたつの要因、すなわち営巣環境と食糞行動の影響についても調査した。前者では飼育者からの視線を遮る巣箱の設置がマウスの心理的負担を軽減し休眠発現を促進すると期待したが、実際の効果は殆ど見られなかった。一方後者では、休眠と異なり空腹時のエネルギー源を確保するために自らの糞を食べる「食糞行動」の阻止が、休眠中のマウスの生理学的パラメータを大きく変化させる可能性が得られた。今後に精査する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では、1)出生時に交換哺育を行うことで胎仔期の兄妹関係を解消させ、乳仔期の新たな兄妹関係が成熟後の休眠発現頻度に影響するか、2)子宮内の着床位置及び隣接する胎仔の性別が成熟後の休眠発現頻度に影響するか、3)乳仔期に見られる兄妹関係が成熟後の休眠発現頻度に影響するかという3つの課題を策定し、現在1)が進行しており、良好な結果が得られている。具体的には、出生時の交換哺育により乳仔期に形成された新たな兄妹関係よりも胎仔期までの兄妹関係の方が成熟後の休眠発現に強く影響する可能性が示されている。従って、今後は2)の課題を中心に実施するのが望ましいと考えられた。この成果については、2020年8月にオランダで開催される国際冬眠研究会(16th International hibernation symposium)で発表する予定であったが、新型コロナウイルス感染症の発生に伴い翌年へと開催延期されたため断念し、原著論文として執筆中である。また実験後のデータ解析で予想を遥かに上回るデータ数が必要と示されたため、再現性の確認も兼ねた追加試験を実施しているところである。この追加試験の進捗に大きな影響はないものの、新型コロナウイルス感染症発生に伴う物流の停止により、準備していた実験群に使用する予定であった体温測定用データロガーが確保できず、急遽2)の課題の予備検討に供試するなどの変更があった。この問題発生を受け、本研究で計画している各課題について再考し、何れも出生時から成熟時までの長期観察を要する実験で構成されていることに不安を感じたため、マウス休眠発現の個体差に影響し得る短期的な要因についても検討するべきではないかと判断した。そこで研究計画段階で候補に挙げていた性ホルモンのほか、栄養学的適応としての食糞行動と休眠発現の個体差に関しても検討することとした。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの進捗から、胎仔期の兄妹関係が成熟後の休眠発現頻度により強い影響を及ぼすことが示唆されている。これはつまり、胎仔期に生じる子宮内環境の不均一性が成熟後の「休眠」という適応形質の利用性に長期的な影響を及ぼしていると予想できる。哺乳類の胎仔の栄養環境は母獣の健康状態などの影響を受けて容易に変化する。マウスのような多胎性動物では、同腹兄妹の存在が母親からの資源分配をより複雑にするため、各胎仔が出生までに経験する子宮内環境に個体差が生じやすい。近年、こうした個体差が子宮内の着床位置または隣接する胎仔の性別の影響を受けること、更には成熟後の体サイズや血液性状、行動心理(攻撃性等)などに長期的な影響をもたらすことが明らかにされている。そこで今後は、こうした子宮内の着床位置が成熟マウスの休眠発現頻度に及ぼす影響に焦点を絞って検証を続けていく。更に、過去に報告されている血液性状や攻撃性などといった形質と成育履歴、そして休眠発現との関連も網羅的に解析することで、哺乳類の複雑な兄妹関係と適応進化の関係を精査する為の知見収集をおこなう。 また本年度に新たに取り組んだ食糞行動と休眠の複合的利用については、食糞行動の阻止がマウスの休眠発現に大きな影響を及ぼしているという結果が得られている。これは、食物不足という同じ危機的状況に際し、動物個体が休眠や食糞、探索といった適応行動のどれを選択するのか、或いは併用する場合の優先順位はあるのか、などの哺乳類の適応形質に介在し得る動物の意思決定に関わる判断材料を理解する上で重要な知見になると思われる。従って、次年度にも継続して食糞行動と休眠との関係を明らかにする為の検証を実施する。
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Causes of Carryover |
本研究でマウスの休眠発現を評価するために使用する体温測定用データロガーを海外メーカーから直接購入する準備を整えていたが、新型コロナウイルス感染症の発生に伴い製品の輸送そして納期に著しい遅延が生じたため、本年度内に購入することができなかった。他メーカーの代替品は高価で(約1.7倍)、必要な個数を揃えるには予算が不足したため、当該メーカーの就業再開を待ってから納期交渉を再開する予定である。また同ウイルス対策に伴う大学閉鎖に備え、申請者の所属機関でも研究活動および飼養動物数の抑制に努めるよう通知を受けた。そのため本来の実験計画を一部変更し、購入する動物数を減らした。 翌年度も当面の間、同ウイルス対策の経過を注視し、慎重に研究活動を継続する予定である。以上の通り、次年度使用額が生じてしまった理由、並びに翌年度の使用計画について報告する。
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