2019 Fiscal Year Research-status Report
Empirical Political Science Research on the Issue of Compatibility and Contradiction between Science and Indigenous Knowledge in the Arctic Island of Greenland
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19K20514
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
高橋 美野梨 北海道大学, スラブ・ユーラシア研究センター, 助教 (90722900)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 科学知 / 在来知 / グリーンランド / 自然 / 功利主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、科学知と在来知とはいかにして共存し協働することができるか、という問いに対して、北極グリーンランドの先住民族社会の生物資源の捕獲・処理・消費・廃棄プロセスから立ち現れる科学知と在来知との調和と背反に焦点を当てて検討することが目的であった。 初年度は、先行研究のレビューを通し、研究史上、科学知と在来知とがどのように定義され、扱われてきたのかを明らかにすると同時に、その歴史と争点を示すことを目指した。結果、「自然(nature)」なるものの捉え方(の差異)に焦点を当てることの妥当性が示された。科学知から見れば、自然とは、それだけで完全に自足的かつ持続可能な状態にはなく、人の手によって管理されることでその「原始性」が払拭される対象であった。これに対して、とりわけグリーンランドの在来知をめぐる先行研究から明らかになるのは、nunaもしくはpinngortitaqと現地語で呼ばれる自然が、人間と対峙する原初性を持つ静的な対象ではなく、「becoming」あるいは「to come into existence」という動的なプロセスによって生成される(成る)存在であり、人間との共存空間をともに成り立たせる主体的な意味を持っていることであった。 さらに、グリーンランドの自然への対し方で特筆されるべきは、人間・自然が動的に生成し合う共存空間のなかで、功利主義的(結果として得られる主観的な満足度によって、そこに至るまでのプロセスのあるべき姿が決定されるとする立場)なパーセプションが機能しているとするものであった。事物に対する人間の基本的態度の「多様性」がここで明らかになるが、次年度は、衛生観念(やそれに基づく食品法)等に焦点を当てて、この問いの解法を探求していく。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度は、本研究の舞台を設定することを目的に、先行研究における科学知と在来知の定義、語られ方の趨勢を明らかにすることを目指した。この限りでは、初年度の取り組みは一定の成功をおさめた。それは、「研究実績の概要」でも述べたように、グリーンランドの生物資源をめぐる科学知と在来知とが、「自然」の解釈の差異に規定されていることが明らかになり、さらに、自然に対する功利主義的受容というパーセプションが説明するように、単純な二分法にはおさまらない人間の事物に対する基本的態度の多様性を明らかにできたからである。 初年度の取り組みによって明示的に示されたのは、人間が自然を客体化していくような関係ではなく、むしろ両者が動的に係わり合っていくことで、社会の均衡を図っていくという人間・自然の共存空間的思想と、グリーンランド人が自然に対して持つ功利主義的な解釈との共存の諸相であった。これは、先行研究において、断片的に示されることはあっても、体系だって論じられることが管見の限り皆無であった現状を鑑みれば、グリーンランドの自然観に基づく生物資源の捕獲・処理・消費・廃棄のプロセスを理解する際の(初年度の取り組みで目指した)「舞台の設定」は、一定の水準をクリアしたと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
二年度目は、初年度の取り組みで設定した「舞台」の上で、中央政府が置かれるデンマークの食品法や欧州連合(EU)の衛生観念に関する文献収集、現地(コペンハーゲン、ブリュッセル)での政策決定者とのインタビューを通して、主に科学知に関する基礎的な情報収集を行う予定である。また、グリーンランドの管轄部局内での、より具体的な政策決定過程を跡付けることも目指している。このように、二年度目は、初年度より現地調査の比重を高く設定しているが、今般のコロナウイルスの影響で、現地調査の予定が立たない中、どのように研究を推進していくか、再検討が求められていることも事実である。 少なくとも、食品法や衛生観念に関する文献収集とその分析は、オンライン上でもある程度進めることができるため、着実に取り組んでいきたい。このことに着目するのは、近年、科学知に基づく市場の近代化の強化によって、水質基準や廃棄・処理物の「衛生的」な保管と処分など、食品管理・規則に係わる衛生要件の見直しが行われており、グリーンランドの場合はその駆動因として、中央政府が置かれるデンマークの食品法の適応との相関が指摘されているからである。そして、そのデンマークの食品法の約95%は、動物性食品に係るEU規則に基づいていることから、EUの食品衛生規則、動物起源食品特別衛生規則などに注目していく必要もある。この点を実証的に明らかにすることは、科学知と在来知とが単に先住民族社会と中央社会との調和と背反の問題に留まらず、グローバルなルール形成、道徳的価値の国際規範化、国内法の域外適用といったグローバルな標準化(standardization)の動きと密接に結びついていることを明示することにつながっていく。
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Causes of Carryover |
申請時には想定されていなかった家庭の事情により、初年度に予定されていた現地調査を行えなかったため、次年度使用額が生じた。次年度(二年度目)は、コロナウイルスの影響により不透明ではあるが、感染症リスクをふまえつつ、可能な範囲で現地調査を行うことで、繰り越された予算を執行したい。
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