2019 Fiscal Year Research-status Report
少子高齢化時代のスリランカにおける社会福祉―南アジア型福祉モデルの構想に向けて
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19K20522
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
中村 沙絵 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 准教授 (80751205)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 高齢者福祉 / 福祉的給付 / 適切な依存 / 社会なるもの / スリランカ / ケア・ネットワーク |
Outline of Annual Research Achievements |
スリランカやインドでは過去20年強のあいだに家族主義を軸に据えた高齢者政策が策定・整備されてきたが、これは養育や養老などケアの営みを私的領域に委ねようとする新自由主義の流れと共犯的な関係において展開した。国内外出稼ぎの常態化による社会の流動化の高まりを背景に、子から親への扶養やケアは期待はされたとしても、自明なものではなくなってきている。 国連や世界銀行が主導する高齢者政策の取り組みでは、公共領域すなわち国家や市場に家族に代わる領域が整備されているかどうかが重要な評価基準とされてきた。しかし福祉制度というものは地域の文脈をはなれて容易に移植可能なものではないし、また近代福祉が基本的には「完全雇用」とこれを可能にする国家経済を条件にしていることは、それが適用される地域や時代を自ずと限定する。以上を踏まえ、南アジアにおいて(まずはスリランカの事例から)展望されうる老年扶養をめぐる「社会なるもの」を、臨地研究と民族誌的手法に基づき解明しようとする試みである。 初年度では、まず①スリランカにおける社会福祉の全容を刊行資料や二次資料を基に整理しながらつかむこと、そして②上記目的に即したトピック(対象)を設定し、フィールドワークを開始した。具体的には、様々な地域で注目を集めつつある高齢者向けの社会保障手当や現金給付に焦点をあて、これがどのようにケア・ネットワークの生成・維持・再編を媒介しているかと検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
①スリランカにおける社会福祉の全容を刊行資料や二次資料を基に整理しながらつかむという課題に関しては『新・世界の社会福祉 第9巻 南アジア/オセアニア』に寄稿した「スリランカの社会福祉」の執筆に取り組んだ。高齢者福祉にかぎらず貧困政策、教育、医療、障害など他の領域との関連において現代スリランカにおけるその位置づけや課題が明らかになった。 ②2019年4月の連続爆破事件により渡航ができるかどうか懸念されたが、無事8月にフィールドワークを実施した。慢性疾患を抱えて家で暮らす高齢者へのケアの営みやケア・ネットワークの構築を媒介する要素として、これまであまり着目していなかった年金・退職金・社会保障手当の存在感が浮き彫りになった。その成果は国際会議(11th INDAS International Conference)で発表し、また世代間関係をテーマにした論集や英語論文特集への寄稿機会を頂き、現在投稿準備中である。
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Strategy for Future Research Activity |
年金・退職金・社会保障手当への着目と考察においてはJ. Fergusonの著作Give a Man a Fishに着想を得た。しかし彼が対象とした南部アフリカでは政治経済的な要請から1990年代以降急速に福祉的給付が拡大した経緯があるのに対し(同様の動きがネパールでも報告されている)、スリランカでは独立以前から長い時間をかけて福祉とポピュリズムとが絡み合って展開してきた。歴史的文脈に十分に注意を払った記述を心掛ける必要がある。現在投稿準備中の論考や論文は今年度中に刊行される予定であるが、福祉的給付が徐々に拡大している事態をどう捉えるかは、マクロな視点から整理したいと考えている。 次回以降のフィールドワークで着手する対象として、アメリカの取り組みを模倣して始まった村落レベルの「高齢者委員会」を検討している。アメリカではエイジズムに対抗するという意図でつくられたとされるが、こうした当初の意図とはずれた働きをしている可能性が示唆されるためである。ただし昨今の状況を鑑みると、フィールドワークを予定通り実施できるかどうかは不明瞭である。もしフィールドワークの実施が困難だと判断された場合には、オンラインのフィールドワークにも実験的に取り組むことも検討している。オンライン環境にある人に限られるため様々な課題はあり、具体的な手法や対象は現在検討中である。
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Causes of Carryover |
コロナウイルスの影響で計画していた国際研究会の実施が中止されたため。 国際研究会は次年度に開催を予定している。事態が収束しない場合はWebでの実施とする。
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