2018 Fiscal Year Annual Research Report
Electricity-spin interconversion by a chiral compound
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18H05854
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Allocation Type | Single-year Grants |
Research Institution | Institute for Molecular Science |
Principal Investigator |
廣部 大地 分子科学研究所, 協奏分子システム研究センター, 助教 (70823235)
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Project Period (FY) |
2018-08-24 – 2020-03-31
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Keywords | 有機半導体 / スピン蓄積 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は電子スピンの流れ「スピン流」の基礎物理において、有機化合物のカイラリティによる電気的スピン整流(正効果)を究明するとともに、その逆効果を検証するものである。従来、スピン流ー電流変換には磁性体や貴金属が不可欠だと考えられてきた。しかしながら、有機化学の研究分野において、非磁性軽元素のみから構成されるキラル分子を用いても、電流誘起のスピン偏極が生じることが明らかになってきた。この知見を固体デバイスへ展開することで、キラリティに立脚したスピン流物理の萌芽を開拓できることが期待される。本研究の到達目標および意義はここにある。 本研究の目的を達成するべく、電流を伴わないスピン流「純スピン流」に基づく実験系の構築に標準試料を用いて取り組んだ。具体的には、標準試料としてPt/Y3Fe5O12接合構造を使用し、スピンポンピング効果(マイクロ波誘起磁化ダイナミクスによる純スピン流注入)とスピンゼーベック効果(熱流誘起磁化ダイナミクスによる純スピン流注入)の測定系を構築した。現在はいずれも測定できる段階に至っている。 一方、物質系の選択には改善の余地が残った。キラル分子との共蒸着によりスピン軌道相互作用の小さな金属にキラリティを付与できると期待したが、有望なデータは得られていない。この問題は当初予期しておらず、適当な物質の選定および設計を再考する必要があった。解決策として、研究代表者はTM-BEDT-TTFを用いたカチオンラジカルを有する分子性イオン結晶の薄膜作製に取り組んだ。この結晶はTM-BEDT-TTFへキラリティを付与することが可能であり、鏡像異性体を選択的に作製できる。条件出しの結果、平坦な表面を有する薄膜単結晶の作製に成功している。本化合物の単結晶化および薄膜化は世界に先駆けるものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は電子スピンの流れ「スピン流」の基礎物理において、有機化合物のカイラリティによる電気的スピン整流(正効果)を究明するとともに、その逆効果を検証するものである。本研究の目的を達成するべく、電流を伴わないスピン流「純スピン流」に基づく実験系の構築に標準試料を用いて取り組んだ。現在は典型的なスピントロニクス実験であるスピンポンピングやスピンゼーベック測定を遂行できる段階に至っている。この意味で測定系の構築は完了したといえる。 一方、物質系の選択には改善の余地が残る。当初は、キラル分子との共蒸着によりスピン軌道相互作用の小さな金属であるCuにキラリティを付与できると期待したが、有望な測定データは得られていない。問題の本質は、キラル分子のHOMO準位とCuのフェルミ準位との不一致が大きすぎるため、キラル分子のキラリティを担う波動関数とフェルミ準位近傍のそれとの混成が小さすぎることだと研究代表者は推察している。 上記の問題は当初予期しておらず、適当な物質の選定・設計を再考する必要があった。解決策として、研究代表者はカチオンラジカルを有する分子性イオン結晶の作製に取り組んだ。具体的には、(TM-BEDT-TTF)9(Mo6O19)5の薄膜結晶を作製した。TM-BEDT-TTFはキラリティを付与することが可能であり、(R,R,R,R)と(S,S,S,S)とに作り分け可能である。本化合物は電気伝導性を担うカチオンラジカルにキラル分子を用いることで結晶にキラリティを導入できる数少ない例である。研究代表者はTM-BEDT-TTFおよび(TBA)2(Mo6O19)5を原料として電気化学的に合成することで本化合物の単結晶育成に取り組んでおり、すでに平坦な表面を有する薄膜の作製に成功している。本化合物の単結晶化および薄膜化は世界に先駆けるものである。
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Strategy for Future Research Activity |
純スピン流実験による電流ースピン流変換の検証の前段階として、キラルなカチオンラジカルを有する分子性イオン結晶の作製と、強磁性金属を用いたトンネル接合系によるキラリティ誘起の磁気抵抗の観測に取り組む。固体デバイスにおけるキラリティ誘起の電流ースピン流変換は世界に先駆けるものであり、これを支持する磁気抵抗の観測はそれ自身でも十分なインパクトが見込める。 分子性イオン結晶として、まずは(TM-BEDT-TTF)9(Mo6O19)5を用いる。ただし実験リスク分散のため、同じく分子性イオン結晶である(DM-EDT-TTF)2ClO4も併用して同様の実験を遂行する予定である。 磁気抵抗測定用のトンネル接合系において、強磁性金属にはNiを用いる。Niの仕事関数は約5.2eVであり、有機化合物へのホール注入を実現する上で適当だと判断した。トンネル絶縁層にはAl2O3を用いる。トンネル接合の動作特性は、他のキラル分子(たとえばheliceneやbinol)を標準試料として用いたキラリティ誘起の磁気抵抗を測定することでモニタリング可能である。こうして作製条件を最適化したトンネル接合系に(TM-BEDT-TTF)9(Mo6O19)5の薄膜をラミネートし、最上部に金薄膜を蒸着して端子付けすることで、縦型磁気抵抗デバイスが完成する。このデバイスを用いて、まずは固体デバイスにおけるキラリティ誘起の磁気抵抗の観測を目指す。
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