2019 Fiscal Year Research-status Report
知の創生と帰属をめぐる今日的考察:《オープンサイエンスの社会学》に向けて
Project/Area Number |
19K21609
|
Research Institution | Yokohama National University |
Principal Investigator |
深貝 保則 横浜国立大学, 大学院国際社会科学研究院, 教授 (00165242)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
土屋 俊 独立行政法人大学改革支援・学位授与機構, 研究開発部, 特任教授 (50155404)
林 和弘 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 科学技術予測センター, 上席研究官 (00648339)
蔵川 圭 国立情報学研究所, 大学共同利用機関等の部局等, 特任准教授 (10332769)
葉山 雅 横浜国立大学, 研究推進機構, 特任教員(講師) (40829917)
|
Project Period (FY) |
2019-06-28 – 2022-03-31
|
Keywords | オープンサイエンス / 知の帰属 / 知の創造 / 電子的情報コミュニケーション / ロバート・マートン / 人新世 |
Outline of Annual Research Achievements |
学術情報のデジタル化進展のもと2015年頃までは、電子ジャーナルの高額化が最大の焦点であった。2013年のG8におけるオープンサイエンスの提起以降、とくにヨーロッパの学術において具体化が進展し、2017年になると Plan S というスキームの提起がなされた(日本の学術情報基盤としてにわかに加わるかどうかは学術政策としての判断を要する問題で、この研究計画の守備範囲を超える)。電子ジャーナルへの投稿・掲載とアクセスのオープン化をめぐる制度面をめぐって、ここ1~2年の長さを目安としての特徴的な変化を追跡・整理した。 オープンサイエンスの提起のもとで重視されることのひとつは、研究データをいかに学術的に共通利用可能なものとして提供するのかという点である。かねてより概して実験系では消極的で天文、気象、生態系など観察系では重視される傾向にあったが近年では一定の進展を見せている。 このたび新たに、観察すべきデータがはるか時間を隔てて現われる「人新世」という問題領域についてオープンサイエンスの観点からの検討に着手した。20世紀終盤に環境問題が重要課題として浮上したのち、2000年の国際地質学会の際に、いまや地球は Anthropocene に突入しているとの発言があった。人類の登場、とりわけ産業化の展開以来、人間の活動が地表に及ぼしている重大な影響は、新たな地質年代として理解されるべきだという提起であり、日本語では「人新世」と訳されている。人間の諸活動はたしかに地表面やオゾン層に影響を及ぼしているが、地質の歴然たる変化として帰結するためには遥かなる時間を要するのだから、少なくとも現代のサイエンスのもとで明確な地質データとして把握できるものではない。しかしその帰結が望ましくないとの見通しがある場合、それを回避できるようにと技術や人間活動のあり方を切り替えることは現代に生きる者たちの責任に属する。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究課題の採択以降、オープンサイエンスと学術情報の展開状況について、研究組織メンバーそれぞれの持ち味を活かす検討を進めた。2010年代半ば以来、電子ジャーナルの高騰化のもとで学術成果をどのように多くの潜在的ユーザーにアクセス可能とするのかという課題状況のもとで、さまざまな Pre-Archive の活用が展開中であり、上記 Plan S の提起もある。これら最新の状況サーヴェイと今後の可能的な方向の示唆を行なった。 この研究課題の新機軸として重視した点として第1に、論文などの形態に結実した成果の公開とアクセスばかりでなく、実験および観察・調査に代表される諸データの広範なアクセスの可能性が重要である。ここでデータの活用の学術コミュニティおよび社会にとってのメリットとともに知の帰属をめぐる問題圏が深く関わるのであって、この意味での規範的な考察を準備している。第2に知識の帰属と共有化という観点は、現時点の社会構成員および学術コミュニティのあいだの問題にとどまるものではない。近代以降の人間の社会的産業的な、さらにはときに政治的のみならず軍事的な諸活動は、同時代ばかりではなく遠い将来の世代や生態系にすら影響を及ぼす。そこで人新世や医学の疫学的側面の社会的意義などにも射程を及ぼす検討に着手している。第3に、データの収集と共有化というサイエンスの基盤整備は、直ちに技術的あるいは政策的な方向づけを示唆するものではない。この面ではたとえば、20世紀前半の原子核物理学の進展はむろん核戦争に直接の責任を負うわけではないが、それでもなお科学の社会的責任が問われたことなどが参考となる。そこで近年の科学技術社会論における「科学の不定性」の問題提起を受け止める検討を計画した。 これらの射程のもとで年度末にセミナーを設定しようしたものの、コロナ・ウィルスの蔓延のなかで時期および内容設定の調整を施すこととした。
|
Strategy for Future Research Activity |
2010年代半ば以降、実験系、観察系それぞれ自然科学領域のデータおよび学術情報のオープン化や、図書館の機能などをめぐりさまざまな状況フォローがなされてきた。この研究計画では知識による成果の帰属や共有化を介した創造性をめぐる規範的な検討を通じて、《オープンサイエンスの社会学》へと展開を図ることを企画している。 上記のように「人新世」や「科学の不定性」といった軸を含めてのカジュアルなセミナーを2020年3月に立案したのだが、コロナ・ウィルスの影響のもとで計画実施の変更を施すこととした。さしあたりネットワーク上での研究連絡を行ないつつ、研究組織メンバーのほか数名の報告者を招いてのセミナーを予定する。 ここで、コロナ・ウィルスは上記のような研究計画の具体化のうえでも重要な研究対象となりうる。まず、このウィルスの広がりのもとで早くも、その遺伝子解析データベースが重要な役割を果たしつつある。これはすでに展開中の疫病解析データベースを活用したものであるが、当該ウィルスの地域別伝搬の様相と遺伝子変異の解析のうえでも重要な役割を果たしつつある。また、医学系の電子ジャーナルもコロナ・ウィルスについてはコーナーを設けてオープン化の便宜を図っている。これらは、データや解析結果が医学的免疫的な緊急課題にどのように役立つ可能性があるのかという点で重要な事例である。その反面、データなどに関わる情報が断片的に流布することによって、社会的な不安や標的型攻撃さえも生じるなど、情報と信頼をめぐる問題を引き起こしつつある。さらに、医学疫学的な専門知の領域と政策的・政治的決定や社会的合意のあり方のあいだで緊張が生まれつつあり、これは「科学の不定性」の観点からも検討されるべき問題である。 そこで今年度、当初予定のセミナーの具体化と並んで、コロナ・ウィルスのなかで浮上した課題をオープンサイエンスの観点から検討するものとする。
|
Causes of Carryover |
当初、年度末に招聘ないしは派遣による外国旅費を設定していた。また年度末に複数名の国内研究者を招いてのセミナーを行なう予定であった(専門的知識の提供についての謝金を予定)。しかし2020年2月以降の新型コロナ・ウィルスの深刻化のもと、これら計画の実施を取りやめることとした。 なお、さしあたりはこれらを2020年度に移して実施する心づもりではあるが、具体的な開催・実施形態については調整を行なう予定である。
|
Research Products
(2 results)