2020 Fiscal Year Research-status Report
知の創生と帰属をめぐる今日的考察:《オープンサイエンスの社会学》に向けて
Project/Area Number |
19K21609
|
Research Institution | Yokohama National University |
Principal Investigator |
深貝 保則 横浜国立大学, 大学院国際社会科学研究院, 名誉教授 (00165242)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
土屋 俊 独立行政法人大学改革支援・学位授与機構, 研究開発部, 特任教授 (50155404)
林 和弘 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 科学技術予測センター, 上席研究官 (00648339)
蔵川 圭 国立情報学研究所, 大学共同利用機関等の部局等, 特任准教授 (10332769)
葉山 雅 横浜国立大学, 研究推進機構, 特任教員(講師) (40829917)
|
Project Period (FY) |
2019-06-28 – 2022-03-31
|
Keywords | オープンサイエンス / 知の帰属 / 知の創造 / Covid-19 / ワクチン開発 / 知的所有権 / ロバート・マートン |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年初頭に出現した新型コロナウイルスは医学的疫学的な対処を迫るとともに、統治や社会、そして人びとの日常感覚がどう向き合うのかという問題をも投げかけている。感染者数の逐次的な推移のデータ集積が行なわれるなかで、その情報は一面では社会的な不安を呼び起こすこととなり、他面で政策においても、その根拠の説得性と並んでデータ上のアカウンタビリティも問われることとなった。科学的なデータとそれをもとに得られる知見の可能性という点でいえば、とくに Nextstrain (https://nextstrain.org/) による Covid-19 の遺伝子解析についての国際的な情報集積に示されているような、データ共有がもたらす学術的可能性が注目に値する。実際、変異のパターンをも含め包括的にデータを集積し、遺伝子構造の解析が提供されるこの仕組みは、ワクチン開発にとっての有力なベースのひとつとなっている。 これを「知の創生と帰属」という観点で見た場合、Covid-19 ワクチンの知的所有権を一時的に凍結するようにとの提起が重要なテーマとなりうる。これは、第一に従来型の知的所有権、第二に著しい感染力を帯びた新奇な疾病の社会的世界的な蔓延という状況のなかでいかに対処の基盤を築き得るのかという意味で優れて社会的国際的な課題、この両者のあいだをどのように考えるのかという問題圏を形作っている。むろんこれは、製薬会社をはじめとする開発者の権利保護に関する規定を社会的政治的な緊急性のもとで一時的に停止しうるとしたら、その根拠は何かという法的な問題でもあるし、ワクチン開発と国際的普及援助の主導権をどこが導くのかという政治的外交的なストラテジーの問題にもなりつつある。ここではこの問題を事例のひとつとして、オープンサイエンスのもとで展開しつつあるデータ共有から引き出しうる「知」の可能性という面で検討を進めている。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年度の終盤段階においては、「人新世」や「科学の不定性」といった軸を含めてのカジュアルなセミナーを2020年3月に立案していた。しかしその時点で急速に影響が出つつあったコロナウィルスの流行のもとで計画実施の変更を施すこととした。さらにその後の展開のなかで、このコロナウィルスのもとで生じつつある科学的なデータ共有のあり方と「知の創出と帰属」という問題との関わりに焦点を移すことを模索し始めた。 この具体化されたテーマの検討のため、2020年度を通じて、さまざまな政策展開やメディアにおける報道などをも含めての情報のフォローを継続して行なった。そのなかで具体的なトピックスとして、2020年2月から5月にかけてのコロナウィルスをめぐる医療について、日本語による診療記録・分析の論稿を公開する試み(日本感染症学会など)を、学術情報の面で意味付けを図った。このばあいに手掛かりとしたのが、電子化ベースの学術情報の面で新たに着目されつつある、ビブリオダイバーシティ (bibliodiversity) と呼ばれる動向である。 このように、2020年に入ってからの状況のもとで検討課題の具体的なウェイトを移しつつあるが、まずはコロナ状況のもとでの具体的なプログラム化が制約され、代替措置をいくつか試みることとなった。また、多面にわたる情報のフォローを行ないつつあるものの、感染症をめぐる報道や学術の面でのいわば二次的情報をめぐってその推移を探る三次的情報の整理を記載することよりもむしろ、「知」のあり方としての意味づけを模索することとした。そのため、2020年度当初に考えたよりも具体的な進展としては遅めの進み方となっている。
|
Strategy for Future Research Activity |
目下、Covid-19 の蔓延のもとでのワクチン開発についての知的所有権一時凍結という提起をめぐって、複数の観点からの検討を進めている。このばあい、16世紀ごろから西欧で徐々に展開した特許といわゆる科学革命との関連や、各国別で定められている特許権、知的財産権と国際的な知的財産保護のあいだの関連など、歴史的制度的な観点をも加えて準備している。2020年終盤に南アフリカやインドが中心となって唱え始められた Covid-19 ワクチン開発の知的所有権の一時的停止という提起に対しては、2021年4月段階になってアメリカが積極的に応答し始めたのに対して、技術保護と今後の技術・産業開発の可能性の面から EU 側とくにドイツが懐疑的であるなど、複雑な応答になっている。むろんワクチンが有効であるならば(副作用の面で有害という可能性を排除できるならば)これを推進するほうが望ましく、WHO はこの観点から、ワクチン普及の著しい国際間格差を問題視している。このような社会的国際的文脈をも加味して検討するのは、ちょうど、20世紀半ばに、戦時体制および冷戦構造のもとでの科学のあり方を主題として「サイエンスの社会学」を論じたロバート・マートンの議論の広がりを、オープンサイエンスと感染症という状況のなかで「オープンサイエンスの社会学」の可能性を模索する、というこの研究課題の一要素に対応した試みである。 また、Covid-19 の遺伝子情報が共通データ化されているもとで、それをも活用しての知的開発は一体だれのものか、という提起も可能である。この面では社会哲学・社会規範の面で検討を準備する。 研究課題の当初設定では国際的な学会への参加報告や海外研究者の招聘を予定していたが、目下の状況のなかでこれらは凍結し、以上のような諸論点をテーマとするネットワーク上のセミナーを複数回開催しつつ、論文としての展開を進める。
|
Causes of Carryover |
コロナウィルスの著しい影響のもとで、研究計画設定当初に予定していた国際学会への参加報告や海外研究者の招聘の予定を凍結したため。 2021年度中の状況を見ながら、さしあたりはネットワーク上でのセミナーである程度代替しつつ、計画の調整を図る。
|