2019 Fiscal Year Research-status Report
Analysis of electronic structure by aloof beam EELS
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19K22106
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
倉田 博基 京都大学, 化学研究所, 教授 (50186491)
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Project Period (FY) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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Keywords | 電子エネルギー損失スペクトル / 価電子励起スペクトル |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、電子エネルギー損失分光法(EELS)を走査型透過電子顕微鏡(STEM)と組み合わせた局所電子分光法において、入射電子プローブを直接試料に照射しないアルーフビーム法によるスペクトル解析の確立を目指している。 初年度は、有機結晶に対してアルーフビーム法による価電子励起スペクトルを計測し、そのスペクトル解釈を行った。試料はテトラシアノキノジメタン(TCNQ)分子の銀錯体を気相反応法で合成した。Ag-TCNQは電荷移動型錯体で、その電子スペクトルは近赤外から紫外領域に構造が現れるのが特徴で、アルーフビーム法によるスペクトル変化のエネルギー依存性を調べるには適した試料となっている。試料端から様々な衝突係数で200 keVの電子線を通過させ、衝突係数に依存したスペクトル変化の計測を行った。その結果、衝突係数が大きくなるに従いスペクトル強度が減少し、エネルギー損失が大きいほど減衰がはやい特徴を示した。また、1 eV付近のピークは衝突係数が大きくなると僅かにレッドシフトすることも見出した。 得られた実験結果を理論計算により解釈した。計算には、物質の誘電関数を用いた電磁場応答理論を採用した。その際、遅延効果の有無についても考察した。その結果、衝突係数に依存したスペクトル強度の減少は、非弾性散乱の非局在性に起因しており、遅延効果を無視した計算によってほぼ実験結果を再現できるが、低エネルギー損失のピークシフトは遅延効果を考慮する必要があることが分かった。遅延効果としては、チェレンコフ放射による損失が考えられ、今回対象とした有機結晶は、測定領域における誘電関数が2よりも大きくなっており、これは200 keVの電子がチェレンコフ光を発生する条件を満たしている。アルーフビーム条件では高速電子は試料を通過していないにも関わらず、チェレンコフ損失が生じるという新たな実験結果を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
有機結晶を用いたアルーフビームEELS法の実験から、試料の電子線照射損傷がほとんど生じていないスペクトルが計測できることが明らかになり、本手法の有用性が確認できた。さらに、測定されたスペクトルは電磁場応答理論を適用してシミュレートし、実験結果を理論計算により解釈することでアルーフビーム法の特徴を明らかにした。特に、衝突係数に依存したスペクトル強度変化や僅かなピークシフトを計算により定量的に再現することができ、アルーフビームEELS法に特有な現象の理解が深まり、研究は順調に進展していると考えられる。 当該年度の研究で新たに明らかになった点として、アルーフビーム条件でもチェレンコフ損失が可能であることが判明した点があげられる。従来、チェレンコフ光は、高速電子が誘電物質内を通過する際、電子の速度が媒質内の光の速度よりも速くなった場合に発生するとされていたが、今回の実験では高速電子は誘電体に近接した真空領域を通過した場合においても発生していることが明らかになった。具体的には、高速電子の鏡像電荷が誘電体内を運動し、チェレンコフ光を発生しているものと解釈することができる。このように有機結晶内に発生したチェレンコフ光は、有機結晶の屈折率を考慮すると、結晶表面の内側において完全反射され真空領域には放射されないと考えられるが、エバネッセント光として結晶表面近傍に存在し、そのエバネッセント場内を高速電子が通過することによりエネルギー損失するものと考えられる。エバネッセント光の表面からの存在距離は、光のエネルギーに依存し高エネルギーの光ほど表面に局在しているため、スペクトル強度の衝突係数の依存性にはエバネッセント性も一部関与していると結論される。これらの結果は、誘電材料をアルーフビームEELSで計測する場合に重要となる現象で、今後の研究を展開していくうえで貴重な知見を得ることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度は、アルーフビームEELS法を有機結晶に適用して、計測法の基本的特性や電子線照射損傷低減法としての有用性を明らかにした。今年度は、金属表面に作製した有機薄膜に対してアルーフビーム法によるEELSを測定し、薄膜の電子状態を解析する。その際、薄膜の厚さと衝突係数に依存したスペクトルの違いに着目する。これは昨年度に得た新たな知見に基づくものである。すなわち、誘電材料である有機薄膜は、昨年度の研究により高速電子のアルーフビームによって薄膜内部にチェレンコフ光を発生させることが判明した。これは、試料外部を運動する高速電子の鏡像電荷によるものと考えられるため、有限の厚さを有する薄膜の場合、衝突係数よりも薄い薄膜の場合にはチェレンコフ光を発生しないことも考えられる。したがって、薄膜の厚さを変化させ、種々の衝突係数でスペクトルを計測することにより、遅延効果の有無によるスペクトルの変化を追跡する。これは、昨年度の実験結果の解釈を実証する意味でも重要な実験となる。 また、金属表面に励起される表面プラズモンに付随する電磁場と有機分子との相互作用を探索するために、金属ナノワイヤーと接触した有機微結晶の系に対して、アルーフビーム法によるEELSの測定を行う。金属ナノワイヤーの表面に励起される表面プラズモンは、励起の次数によって電磁場の空間分布が異なるため、有機微結晶との相互作用を検出するためには、ナノワイヤーの長さや有機微結晶との接触点の位置、アルーフビームの入射位置などが重要なパラメータになる。さらに、表面プラズモンの共鳴エネルギーを有機結晶の吸収ピークに接近させることも必要であるため、銀ナノワイヤーをベースにして、実験に最適なワイヤー形状(長さと太さ)の検討も行い、実験を実施する。
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Research Products
(3 results)