2019 Fiscal Year Research-status Report
「大気窒素」活用型次世代発酵技術の基盤開発と循環型社会の構築
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19K22928
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
橋本 渉 京都大学, 農学研究科, 教授 (30273519)
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Project Period (FY) |
2019-06-28 – 2021-03-31
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Keywords | 大気窒素 / 窒素固定細菌 / バイオリファイナリー / 生分解性プラスチック / 廃グリセロール |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、莫大なエネルギーを必要とする化学的窒素固定を低減し、生物学的窒素固定を推進する研究の一環として、窒素固定細菌による「大気窒素」を積極的に利活用する次世代の発酵技術を開発し、廃棄物や難利用資源から有用物質(アンモニア、アミノ酸、バイオプラスチックなど)を生産することを目指す。以下の成果を得た。 バイオディーゼル燃料の製造に副生する「廃グリセロール」は、アルカリ性(pH 9.3)で、グリセロール(45%)、油分(25%)、メタノール(13%)などを含む。そこで、「廃グリセロール」を前処理なく資化できる単生窒素固定細菌をスクリーニングした。その結果、Azotobacter vinelandiiが、「廃グリセロール」を水道水または無機塩水のみで希釈した溶液(窒素化合物無添加)で生育し、「廃グリセロール」を資化した。培養条件を検討した結果、「廃グリセロール」を約200培希釈、培養温度を30℃、振盪速度を80 spm以上で良好な生育を示した。 A. vinelandiiは菌体内に生分解性プラスチック素材となるポリヒドロキシ酪酸(PHB)を、菌体外に食品・医療素材となるアルギン酸を生産する。そこで、上記の最適条件でA. vinelandiiを培養したところ、「廃グリセロール」からPHBとアルギン酸を生産していることが明らかとなった。疎水性物質を蛍光標識する色素を用いて、PHBの合成プロセスを細胞レベルで蛍光顕微鏡解析した。その結果、培養初期では細胞膜周辺に小さなPHBが合成されており、培養後期ではPHBが顆粒として膜から遊離し細胞質内で肥大化した。一方、走査型電子顕微鏡で解析した結果、菌体の表面に多くの膜小胞が見られ、菌体当たりのアルギン酸分泌量も増加していることがわかった。 以上のことから、「大気窒素」を活用する窒素固定細菌により、廃棄物(「廃グリセロール」)より二種類の有用なバイオポリマーの生産できることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
アルカリ性「廃グリセロール」は多くの不純物を含むため、廃棄物として処理される。そのため、再利用にあたっては、しばしば前処理が必要となる。一方、本研究のスクリーニングにより見いだしたA. vinelandiiは「廃グリセロール」を前処理することなく、水道水で希釈するだけで、炭素源として利用し、増殖できることが判明した。実際、本菌の生育pHを調べたところ、pH 9.3でも良好に生育することがわかった。 最適条件で本菌を培養すると、約2日間程度で、「廃グリセロール」に含まれるグリセロールを完全に消費した。したがって、窒素源無添加(「大気窒素」のみ)の条件下で、「廃グリセロール」を利活用できる生物系を確立することができた。 先行研究により、A. vinelandiiは二種類のバイオポリマー(PHBとアルギン酸)を生産することが示されている。実際に、「廃グリセロール」での培養菌体をガスクロマトグラフィーで評価したところ、菌体内に著量のPHBが生産されていることがわかった。さらに、菌体濾液にはアルギン酸が分泌されていた。 蛍光色素を用いて、「廃グリセロール」からのPHB生産プロセスを調べたところ、PHBの成熟化過程を見いだし、細胞内でのポリマー生産に関する基礎的な知見を得ることができた。また、当研究室で、A. vinelandiiは膜小胞を介してアルギン酸を分泌することを明らかにしている。「廃グリセロール」での培養菌体の表面から多数の膜小胞が遊離していることがわかり、ナノ粒子を介した物質生産系として注目される。 以上のことから、「廃グリセロール」の利活用と共に、培養に窒素源の添加を要しない窒素固定細菌の発酵微生物としての有用性を確立し、環境調和型・低コスト型の新たな物質(発酵)生産システムを開発するための基盤的成果を得た。
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Strategy for Future Research Activity |
A. vinelandiiによる二種類のバイオポリマー(PHBとアルギン酸)の生産量を高めるため、本菌を遺伝子組換えや合成生物学的手法により改変する。具体的には、野生株ではPHBとアルギン酸の生産が競合するため、収量の増大が見込めない。そこで、各ポリマーの遺伝子破壊株を育種し、それぞれのポリマー生産を評価する。 二種類のバイオポリマーに加えて、A. vinelandiiによるその他の有用物質の生産に着手する。具体的には、「大気窒素」の固定により生じた窒素化合物(アンモニアやアミノ酸など)の分泌生産に焦点を当てる。生じたアミノ酸は薄層クロマトグラフィー、及び高速液体クロマトグラフィーによるアミノ酸分析で定量する。 近年、真核細胞において膜小胞であるエクソソームが、細胞間シグナル伝達機構として注目されている。原核細胞である細菌の膜小胞が、エクソソームの原型としての可能性も考えられるため、細菌における膜小胞の形成機構を解明することを目指す。先ずは膜小胞に内包される要素を同定し、その機能と形成に必要な因子を解析する。具体的には、培養液を遠心分離とフィルター処理により菌体細胞を完全に除去した後、超遠心分離により膜小胞を回収する。回収した膜小胞をプロテオーム解析に供し、内包されるタンパク質を明らかにする。また、膜小胞の形成に関わると想定される膜の分断と再融合を伴う膜ダイナミクスに関して、当研究室で見いだした細菌の膜再編機構と比較解析する。 本研究は、細胞から遊離される膜小胞(ナノ粒子)の観点から生物進化を理解することに繋がる。また、生物学的窒素固定を推進することは、化学的窒素固定の低減化(省エネルギーと二酸化炭素の排出削減)に繋がり、炭素のみならず窒素の循環にも大きく貢献し、循環型社会の構築に大いに貢献すると期待される。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、年度末の各種学会の開催が中止された。そのため、旅費の支出が必要でなくなり、次年度使用額が生じた。次年度に当該使用額を物品等の購入に充当し、本研究課題の円滑な遂行に活用する。
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Research Products
(1 results)