2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K23015
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Research Institution | Jichi Medical University |
Principal Investigator |
小野 純一 自治医科大学, 医学部, 助教 (20847090)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | 想像力 / イメージ / 心象 / 意味論 / 井筒俊彦 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は言語と想像力の関係解明への寄与を目指し、井筒俊彦の言語論『言語と呪術』における内包的意味の記述を批判検討するものである。これは、井筒俊彦を特徴付ける独自の哲学的意味論がいかなるものであり、いかなる意義を有し、いかなる可能性を持つか示すとともに、想像力において言語的意味がいかに作用しているか明らかにすることを目的にしている。その理由は、大半の意味分析が指示作用に集中するのに対して、井筒は外延と内包の区別から始めてさらに内包の変容に着目することで意味の働き全般を記述し、それによって現象する心象=イメージの働き、すなわちイメージ喚起作用としての想像力の言語論的基盤を捉えようとするからであり、言語論から想像力に実証的に迫るからである。本研究はその先駆的業績を評価し展開するために、それに先立つ「言語学概論」の講義ノートを参照し井筒言語論の形成史を記述するとともに、心理学・言語学・言語哲学のより新しい知見を参照して彼の議論を批判検討することを目的にする。 本研究は次の段階を踏んで分析・考察を進める。第一に、『言語と呪術』における意味機能の記述と分類に焦点を合わせ、特に内包的意味をめぐる井筒の考察が事前に何に基づきどうなされたかを同書に先立つ「言語学概論」講義ノートとの比較検討から提示する。これは井筒哲学の研究をなす点で日本哲学の記述への貢献を視野におく歴史的研究に当たる。第二に、井筒以降のより新しい言語学・論理学・言語哲学の知見・学術成果を参照し、井筒による内包的意味の考察に多角的に批判的検討を加える。これは体系的研究への基礎となる。第三に、井筒哲学の意義を批判的に再考することを超えて、想像力・イメージ喚起機能の意味論的基礎、原理を記述する。これは言語と想像力の関係解明から言語によるイメージ喚起機能解明、すなわち想像力の言語的基礎の記述・了解へと進むための体系的研究に当たる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度に予定した以下の四点全て完遂した。一、内包的意味の四種類を纏める。二、内包的意味の記述を想像力の観点から記述する。三、「言語学概論 」ノートから内包的意味に関する記述を確認する。四、1950年代末から始まる意味論的分析が『言語と呪術』の理論化を挟み一貫して展開されるのを示す。ただ第三点の作業で当初予定した講義「言語学概論 」から理論書『言語と呪術』への直接の発展過程を記述するには学生による記録が少なく、講義の再構成は不可能と結論できた。 しかし、慶應義塾大学言語文化研究所にコピー所蔵されている村上博子による1950年代前半の「言語学概論 」講義録のうち、1951年と1952年の二冊のノートから以下の事実を確認できた。前者では、プロティノス、華厳仏教、存在一性論などの一即多をめぐる後年の記述・図式に対応する図像によって意味記号のあり方、意味分節を示していると特定できた。これは後にアラビア語の意味論研究でも展開される図式であることも分かった。後者では、同上の1951年の図を簡略化した新たな図(これは1950年代後半の分析や後年の「意味論序説」にも現れる)に接続して、ベルクソンの「記憶の円錐」に類似する図がある。ベルクソンは一般観念と記憶との関係を示し個人の記号活動を論じるのに対し、井筒の図の変容箇所はコミュニケーションによる意味分節を示している。これに付随し、井筒はコミュニケーションによる意味分節を「生命の場に語がおりることをsuppositioといふ」と述べる。井筒がラテン中世論理学におけるsuppositio(代表)に着目していることが分かった点で、大きな収穫があった。 19年度の進捗に遅れはないが、計画の変更とそれに伴い計画になかった作業の導入が必須となり、新たな作業を現在遂行中である。変更が生じたことを踏まえても、進捗は概ね順調とみなすことができると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は「言語学概論 」から理論書『言語と呪術』への理論形成の後付けという歴史研究を基礎に体系研究に進む予定だったが、前年度の成果により以下のように変更する。第一に、意味活動を「生命の場に語がおりること(suppositio)」と考え、ベルクソン的な想起論をコミュニケーション論に展開しつつ、内包=心象の喚起を実体化の問題として扱う中で、井筒がどのように哲学者カッシーラーとその後継者とも言えるランガーの象徴論を要に議論するのかを歴史研究として纏め直す。新たに必須となったカッシーラー=ランガー象徴論の検討を本年度も継続して、これを前半期に終える予定である。第二に、井筒の内包的意味の記述がすでに言語学的でありつつ現象学的であると判明したので、内包的意味と志向性の問題を重ね合わせて論じる観点を維持し、心象=イメージ喚起作用としての想像力の言語論的基盤を記述する。 これは、リオデジャネイロ連邦大学哲学科Rodrigo Guerizoli准教授主催との共同セミナーとして本年度に予定した「実体化」の議論へ、より具体的な議題提起になると思われる。ブラジルでの共同セミナー開催は、COVID-19感染拡大により中止になったが、電子媒体による情報交換に変更し、加えて今後は「実体化」をめぐる共同研究に向けて準備することになった。 20年度は、「内包的意味」としての「心象」喚起機能の記述にあたって、想像力の問題を志向性と内包的意味の「実体化」から捉えるだけでなく、意味の働きを「生命の場に語がおりること」から捉える観点と象徴論を導入し、個人水準からコミュニケーション水準までを包括して一般観念と記憶との関係を「生命の場」において捉える。井筒理論の再評価からカッシーラー=ランガー理論の再評価へ進むことで、内包=心象、言語的意味、想像力の意味論的機能原理、想像力の言語論的基礎を捉え直すことを計画する。
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Causes of Carryover |
前年度は、ブラジルのリオデジャネイロ連邦大学哲学科に行き、同大学のRodrigo Guerizoli教授と面談し、前年度に研究した成果として井筒俊彦の言語論を紹介した上で、共同開催する予定であったセミナーの方向性を探る予定で、旅費を計上していたが、COVID-19の拡大にともない、前年度末(3月末)を予定していたブラジル渡航は、延期になった。また、年度が変わって、4月以降もセミナーを2020年度に共同開催できるかの議論は、すべてオンライン通話によっておこなったため、旅費や謝金が発生しなかった。2020年度にCOVID-19の拡大は完全な収束が見込めないことから、同大学でのセミナー開催は時期未確定で延期することを5月初めにオンライン通話で確認した。よって、2020年度に旅費と謝金は生じない。しかし、前年度の調査結果から、予期していなかった新たな研究を追加する必要が生じたため、それに不可欠な文献・基礎資料を収集するために、翌年度分として請求した助成金と合わせて、次年度使用額の増加分を使用する計画である。
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