2020 Fiscal Year Research-status Report
現代の情動の哲学の知見を踏まえた、合理性の向上による道徳エンハンスメントの可能性
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19K23017
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Research Institution | Saitama Medical University |
Principal Investigator |
林 禅之 埼玉医科大学, 医学部, 助教 (90846867)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2022-03-31
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Keywords | 道徳エンハンスメント / 情動 / 合理性 / アイデンティティ / 環境 |
Outline of Annual Research Achievements |
人間の道徳能力を人為的に向上させることは、「道徳エンハンスメント」と呼ばれる。近年、道徳エンハンスメントをめぐって、それを強制的に行うべきであるという極端な主張や、道徳能力が向上することによってむしろ人間の自由が奪われるのではないかといった議論が行われている。本研究課題は当初、人間の持つ合理性と情動の協働の可能性から、合理性を高めることによる道徳エンハンスメントの実現可能性を探ろうとしていた。しかし、サーヴェイを進めるうちに、そのような路線で研究を進めることの新奇性が思ったほどないようだと考えるようになり、情動と合理性を軸にしながらも少し別の角度から道徳エンハンスメントの問題に取り組もうと考えた。 本年度は、主に以下の2つの作業に取り組んだ。人間の道徳的な意思決定は十分に時間やリソースが与えられた理想的な状況ではなく、むしろ限定的な状況において行われることが多い。このような状況では、人間はとりわけ自身を取り巻く環境の影響を大きく受けると考えられる。心は脳だけではなく環境中の事物によっても実現されうるという「拡張した心」の議論を参照しながら、この環境からの影響を利用した、合理性や情動の向上による道徳エンハンスメントの可能性を第一に探りつつある。 第二に、道徳エンハンスメントが人間のアイデンティティに及ぼす影響を探った。人間の道徳的な性向は、その人のアイデンティティの周縁ではなく、むしろ核に位置していると考えられる。道徳エンハンスメントが人間のアイデンティティや本来性にどのように影響を与えるのか、パーキンソン病などの治療のための深部脳刺激によるアイデンティティ変容の分析を参照しながら、考察しつつある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
コロナ禍の中で、さまざまな業務が予想外に増え、また精神的な負担も増えてしまったため、全体的に思うように研究を遂行することができなかった。本研究課題以外でいくつか成果を出すことができたが、本研究課題には(方針転換をしたこともあり)時間がかかっている。2020年度中に予定していたワークショップについても、オンラインで縮小した形でまずは行ってみようと思っていたが、本研究課題の期間延長をした上で最終年度にできれば対面で行いたいと思い、延期することにした。 投稿論文については、哲学者を集めて定期的に検討会を開いていただいており、進展が見られるが、投稿までもう少しかかりそうである。
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Strategy for Future Research Activity |
2つの論文を並行的に進めようとしている。道徳エンハンスメントとアイデンティティに対する影響の論文を、2021年夏までに投稿し、年度内に出版されることを目指す。もう一方の環境を通じた道徳エンハンスメントの可能性の論文も、遅くとも年内には投稿できるようにしたい。また、2022年1月から3月の間に、最終成果発表となるワークショップを開催する。 作業的には、文献を細かく整理検討しつつ、なるべくスピードを上げて投稿論文執筆をしていきたい。
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Causes of Carryover |
当初予定していた旅費などが未使用なのと、論文作成に遅れが出ており英文校閲費なども未使用である。 次年度は、先に書いたように、研究を少し異なる観点から進め始めているため、随時文献の費用などに充当していきたい。
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