2020 Fiscal Year Research-status Report
17世紀イタリアにおける芸術家の学識とその評価に関する研究
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19K23030
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Research Institution | Kobe Gakuin University |
Principal Investigator |
倉持 充希 神戸学院大学, 人文学部, 講師 (60845303)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2022-03-31
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Keywords | 芸術家の学識 / 17世紀イタリア / 読書 / 蔵書目録 / 伝記 / 美術理論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、17世紀イタリアの芸術家の学識を、蔵書と同時代人からの評価という観点から分析する。まず蔵書に関して、芸術家が参照し得た蔵書の一覧を作成するため、芸術家および彼らと親交のあった愛好家の蔵書目録を収集しエクセルファイルへのデータ入力を進めた。特に注目するのは、芸術家が既存の主題を新たな仕方で絵画化するために読んだ文学作品や、絵画における物語表現を考察する手掛かりとした文芸理論である。例えば伝記作家ベッローリの蔵書目録には、上記の文学や詩論が網羅的に記録されており、当時の美術理論家の蔵書を把握するうえで重要な資料であることが確認できた。また画家の読書の実態を把握する手掛かりとして、プッサンが書籍に記載される文章や挿絵を写した素描の研究にも着手した。本年度は、引き続きフィルター機能等を用いて蔵書の書誌情報を分析し、芸術家ごとの傾向や、複数の目録に共通して記載される著作の一覧作成などを進める。 上記と並行して、学識ある芸術家に対する同時代人からの評価を解明するため、芸術家伝や美術理論を収集し読解を進めた。本研究が対象とする同時代証言は、絵画愛好家(マンチーニ等)、画家(バリオーネ等)、美術理論家・著述家(ベッローリやマルヴァジア等)によるものである。筆者によって芸術家の博識や読書に対する見解が異なること、芸術家の読書習慣への言及があることが確認できた。伝記や美術理論の本文では、作品の主題の典拠となる文学や関連する芸術理論の書名が見られ、上述の蔵書一覧を補強する材料も得られた。芸術家の学識との関連で同時代人が特に記述していたのは、画家が「物語(istoria)を構成する能力」である。この概念とそれに対する評価を考察し、今後、作品分析と組み合わせることで、芸術家に期待された学識が具体的に明らかになると考えられる。全体的な傾向については、本年度の考察を踏まえて総括する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
現時点での問題点は、新型コロナウィルスの感染拡大により、イタリアでの現地調査が敢行できていないことである。2019年度の調査対象である蔵書目録・財産目録に関しては、先学によって、古文書館に所蔵される目録を基に書き起こしがなされ、資料として刊行されている。本研究ではそれらをもとに網羅的調査を進めてきたが、重要な目録や未刊行の目録については、ローマの古文書館等で現物の確認を予定している。また2020年度の調査対象である伝記・美術理論に関して、デジタル版(図書館等が当時の書籍のページをスキャンし、電子書籍として公開しているもの)、リプリント版(当時の書籍を原本通りに復刻・複製したもの)、オンライン版(ウェブサイト上でテキスト検索ができるもの、詳細な注釈がつく場合もある)は閲覧・入手ができた。また、マルヴァジアのFelsina Pittriceの英訳シリーズ(E. Cropper and L. Pericolo (ed.), London, 2012-)など、最新の研究成果が反映された注釈付きの英訳本を購入し、原文と比較対照しながら考察を進めている。ただし、20世紀後半あたりに刊行された比較的古い文献については入手が困難なものもあり、ローマの美術史研究所のヘルツィアーナ図書館、あるいはヨーロッパ他都市にある美術史分野の研究所や図書館での資料の閲覧・複写を予定している。 当初は、2020年2月と同年9月にイタリアでの調査を予定していたものの、渡航できる状況ではなく延期した。他方、2021年1月19日にオンラインで開催されたセミナー(Joint Art History Seminar, Kyoto University - Vienna University)でプッサンの素描について発表し、本研究の途中経過や芸術家の読書メモを研究する意義について専門家と議論することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、2020年2月と同年9月に予定していた現地調査については、引き続き、新型コロナウィルスの感染状況を注視しながら計画を練り直していく。具体的には、2021年10月の時点で、一次・二次資料のあるローマ、あるいは二次資料のあるヨーロッパ他都市での現地調査が可能か否かを判断する。もし渡航が難しいようであれば、その時点で入手できた資料をもとに、蔵書目録および同時代人の評価について総括し、伝記や美術理論に関する研究書等によって理解を深める。 蔵書目録のデータ集積に関しては、芸術家および彼らと親交のあった愛好家の蔵書目録に加えて、美術理論書で芸術家が読むべきと推奨されている書籍の一覧や、ローマの聖ルカ・アカデミーの図書館の蔵書等を対象とする。解剖学や遠近法といった絵画制作のための技術書ではなく、物語の典拠となる文学作品や物語表現を探求するための文芸理論としてどのような書籍が挙げられているかを確認する。入手できた目録については2021年7月までに入力と整理を終え、フィルター機能等を用いて書誌情報を分析し、芸術家ごとの傾向や、複数の目録に共通して記載される著作の一覧作成などを進める。伝記・美術理論の考察に関しては、17世紀イタリアの著述家の作品を中心に書籍を入手できており、引き続き読解と分析を進める。具体的には、同時代人がしばしば言及する画家の「物語(istoria)を構成する能力」や「博識な(erudito)」資質に注目し、これらが作品を判断する評価基準のひとつとなっていた可能性について考察する。成果の一部をセミナー(Joint Art History Seminar, Kyoto University - Vienna University予定)で発表し、欧文報告書の草稿に加える。上記の分析を通じて、芸術愛好家が画家の学識の織り込まれた絵画に対して抱いた期待を明らかにする。
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Causes of Carryover |
当初の計画では、2020年2月に蔵書目録の調査(ローマのヘルツィアーナ図書館や古文書館等での一次資料の閲覧と二次資料の収集)と、2020年9月に伝記・美術理論の調査(ローマやフィレンツェ等の図書館や古文書館での二次資料の収集)を予定していたものの、新型コロナウィルスの感染拡大により調査は延期とし、研究期間を延長して旅費を2021年度に繰り越した。 現地調査については、2021年10月の時点で、ローマあるいはヨーロッパ他都市での現地調査が可能か否かを判断する。渡航が難しい場合、伝記や美術理論に関する研究書等を追加購入し、同時代の証言に関する理解を深める。各著作には執筆された時期・地域の芸術観も反映されていることから、当時の美術界の動向や伝記に関する研究書を入手し、著述家の立ち位置を踏まえたうえで「知的な芸術家」に対する期待を解明する。また、2020年度に伝記・美術理論の読解を進めるなかで、当時、読書習慣や博学という点で称賛された芸術家や、画家が物語を巧みに構成している点で高く評価された作例が確認できた。ただし、同時代人の評価に基づく当時の画家のイメージと、その画家の実際の制作態度が一致していない場合も想定する必要がある。芸術家や具体的な作例に関する書籍を追加購入することで、目録や伝記に基づく調査の結果と、画家の実制作や具体的な作例との照らし合わせを行い、多角的な考察を行う。
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Research Products
(2 results)