2019 Fiscal Year Research-status Report
宗教文芸から見る顕密仏教の究明―中世高野山を中心として
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19K23038
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
郭 佳寧 名古屋大学, 人文学研究科, 博士研究員 (00848731)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | 覚鑁 / 中世日本 / 宗教文芸 / 高野山 / 往生伝 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、文学・芸術研究の視座から中世日本における種々な宗教実践、及びそれらを生み出す顕密仏教そのものをどのように理解するのかという問いに対し、宗教テクストの読解と分析を基本作業とし、中世高野山、特にそこで活動した人々に注目し、中世日本における顕密仏教の実態、および顕密体制そのものを見直そうとするものである。また、本研究は政治・社会・宗教などの歴史的位置付けを重視する歴史学研究に対し、宗教テクスト学、およびその体系を正しく認識することで、宗教テクストの読解と分析により、歴史を再認識することを意図する。 以上の課題意識に基づき、2019年度において、宗教空間と言説の側面から中世高野山の宗教世界を考察した。高野山は真言宗の霊地として、古くから信仰の対象となっていた。中世高野山に関する従来の研究では、高野山は真言・南都系の有力な隠遁の一別所的な存在であるとしか評価されなかった。しかし、鳥羽院の御願寺としての大伝法院の造立とともに、高野山に新たな変化をもたらした。大伝法院の内部荘厳の意義への考察により、覚鑁は自らの法流である仁和寺の伝統に法って、祖師空海が説いた〝密教的時間〟を表象しようとする。すなわち、覚鑁は高野山において真言教学の道場をつくり、伝法会を行い、大伝法院における顕密兼学の正当性を密教の立場から示した。さらに、覚鑁による大伝法院建立の本来の目的である、真言教学を復興する、また顕密兼学の伝法会を行うということと合致すると同時に、鳥羽院による宗教政策の重要な一環であると考えられる。一方、中世高野山の宗教信仰について、『高野山往生伝』への考察を通して、中世高野山の霊地信仰の在り方、高野山における宗教活動の実態がうかがわれ、その背後にある大伝法院側の関与及び当時権門寺院の状況も徐々に浮かび上がってくる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、文学・芸術研究の視座から中世日本における種々な宗教実践、及びそれらを生み出す顕密仏教そのものをどのように理解するのかという問いに注目する。そして、その問題を解決するため、宗教文芸の視座を顕密仏教研究に導入する手法を取る。すなわち、本研究においては宗教テクストの読解と分析に基づき、宗教家の活動を考察しながら、中世日本における顕密仏教を表象する重要な拠点である高野山の内部状況及びそれと関連する仏教界の実態を明らかにしようとする。その上で、宗教文学(文芸)の視座において顕密体制に関する新たな研究の可能性を開拓することを試みたい。それに関して、本研究において特に注目した具体的な問題点を、以下に①と②として挙げる。①顕密体制における中世高野山の宗教世界。②宗教文芸の体系から見た顕密仏教の究明。今年度の研究活動においては、①の問題に対し、中世権門寺院の研究を念頭に置きながら、個人の宗教家への検討を焦点にあてた。特に、覚鑁上人と大伝法院、また中世高野山において活躍した高野山僧と聖人たちの宗教活動とその信仰の実態を考察した。なかには、大伝法院本堂における両界曼荼羅とその後壁障子絵に注目し、鳥羽院の御願寺として覚鑁による造立した大伝法院の意義を再解釈し、また高野山全体に及ぼす影響を検討した。②の問題に対し、『高野山往生伝』とその成立経緯への考察と分析を通して、宗教実践と信仰の視点から中世高野山における顕密仏教の在り方を明らかにした。中世高野山の復興過程において、外より登山した僧侶の尽力は絶大であり、高野山は真言密教の霊地でありながら、従来の金剛峯寺に別所聖と大伝法院を加え、浄土信仰のもとに諸宗兼学の場が形成された。そのように、今年度の研究活動はおおむね順調に進展している。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は、高野山大伝法院と中世高野山における顕密仏教(金剛峯寺・大伝法院・別所聖)を中心に、歴史史料、仏教教相書・事相書、伝記資料などの読解と分析を通して院政期における高野山大伝法院の創建意義、及び中世顕密仏教のなかに大伝法院創建の位置付けを検討した。また、院政期に成立した『高野山往生伝』への考察を通して、中世高野山における宗教実践や高野山霊地信仰の在り方を再確認し、高野山における顕密仏教の実態を解明した。一方、寺院聖教調査の深化とともに、中世高野山に関して、また中世顕密仏教に関する新たな資料の発見、及び既存資料への再読解を行うことで、中世顕密仏教の実態を解き明かすことができる。そのため、来年度の研究活動において、今年度の研究成果を踏まえつつ、更なる寺院聖教調査を行う。また、高野山のほか、南都寺院や地方寺院にも注目し、中世顕密仏教の全体像への考察も行う。具体的な方策は次のようになる。 1、既存資料の分析。中世日本に関する歴史資料の再確認とともに、『束草集』や『寺役転輪集』などのような表白・唱導資料の再読解と分析作業を行い、またテクスト注釈をする。 2、聖教調査。実行可能な調査から優先的に行う(新型コロナの影響で、現地調査が厳しくなった)。また、現地調査が困難な場合、資料を取り寄せするなど、できる限りに調査活動を行う予定である。(また、1と2の作業により、研究用資料を整理する。) 3、1と2に得られた情報をもとに、院政期において鳥羽院の宗教政策のもとに造立された寺院(内山永久寺など)を高野山大伝法院との比較研究を行い、顕密体制における中世高野山の宗教的位置付けをさらに明白することを試みる。
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Causes of Carryover |
2019年度末に予定した国際研究集会における発表は、諸事情でキャンセルされたため、旅費として使用する予定の費用は2020年度に繰越すこととなった。そのため、2019年度の繰越金と2020年度の予算額は、2020年度の研究活動に使用する。そのなかに、主に学会の旅費と研究調査費、また機材購入費として使用する。日本における研究学会、及び国際研究集会に参加するため、交通費と宿泊費が必要である。また、国際研究集会において発表する場合、原稿を英訳することが必要で、その際に翻訳費(謝礼)の発生も考えられる。さらに、研究調査の際に、旅費のほか資料のコピー代、施設利用料などの支払いもある。また、研究活動に必要な機材(カメラ、ハードディスクなど)と消耗品(コピー用紙、プリンタートナーなど)の購入にも使用する。
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